美容 求人 医師 求人 萌通新聞 ダイの大冒険のキャラがルイズに召喚されました 虚無と獣王(第十六話?第十九話)
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ダイの大冒険のキャラがルイズに召喚されました 虚無と獣王(第十六話?第十九話)

206.jpg

249 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:30:12 ID:y63zxrX5
虚無と獣王
16  フーケと獣王

小屋へと向かうルイズたちを視界の隅に納めつつ、キュルケは周囲を警戒していた。
「わたしはあちらの警戒に入ります」
ミス・ロングビルがそう言って小屋を挟んで反対側の森の方へ向かうのを見送り、近くで所在なさげにしている男子どもに指示を送る。
「四人ともボーッとしてないで周りに異常がないか見張ってなさいよ? あと単独行動はしない事」
ギーシュは肩をすくめて答える。
「まあ僕たちはどう頑張ってもドットだしね。無理はしないさ」
へえ、とキュルケは少しギーシュを見直すことにした。
これまでは『勇ましく戦場に突っ込んで行って真っ先に死ぬタイプ』と思っていたが、なかなかどうして自分の実力を客観視出来ているではないか(上から目線)。
「そもそも僕たちはピクニックに来ているんだ。天気もいいしこの辺りを散策するのも一興だと思わないか、同級生の諸君?」
話を振られた少年たちは、それぞれの顔を見合わせて答えた。
「そうだね。散策の途中でうっかり怪しげな人物を見つけてしまわないよう気をつけなきゃな、ギムリ」
「ああ、そんなのを見つけたら小心者の僕は驚きのあまり空に向かって火の魔法を唱えてしまいそうだ。マリコルヌはどう思う?」
「それじゃまるで狼煙を上げて怪しい人物の場所を教えているみたいじゃないか。ピクニックらしいとは言えないね」
おお、と感心したキュルケは4人に尋ねる。
「で? こんな作戦を考えたのは誰?」
「ボクが」「ボクです」「ボクに決まってるじゃないかね」
ギムリ、マリコルヌ、ギーシュが同時に手を挙げた。
その横で深々とため息をつくレイナールに、キュルケは同情の視線を向ける。
「色々大変そうねぇ」
「最近なんで自分がこんな事をって考える事が多くなった気はする……」
肩を落とすレイナールにギーシュが何か言おうとした瞬間、突然地面が揺れた。
「何!?」
咄嗟に周囲を見渡すキュルケたちの前で、小屋の反対側から巨大な土製ゴーレムがその姿を形作りつつあった。
「で、でででででて出た────ッ!?」
素っ頓狂な声を上げるギーシュを尻目に、キュルケは小屋の中に居る使い魔に警告を送る。
タバサとクロコダインは大丈夫だろうが、問題はルイズだ。
(あの娘も変なところでプライド高いし、下手に特攻なんてしないといいんだけど)
足引っ張ったりするんじゃないわよー、などと考えつつ彼女は素早く杖を抜き、フレイム・ボールの呪文を唱え始める。
自分の攻撃が通用しない事は昨夜の遭遇時に分かっていたが、この魔法はゴーレムを倒すためのものではない。
一旦こちら側に注意を向ける事で、小屋にいる偵察組が動きやすい様にする一手だ。
「アシストなんて柄じゃないけどッ」
キュルケの杖から炎の塊が生まれ、一直線にゴーレムへと向かう。
防御しようとするゴーレムの腕をかいくぐり、一度下へ走ったフレイム・ボールはキュルケの意に従い急激に跳ね上がってアッパー気味に土の巨人の頭部へ命中した。
豪快に炸裂はしたものの相手は生物では無い。人間で言えば顎に当たる部分が削れていたが、それもすぐに元通りになっていくのが見えた。
だが注意を引く事は出来た様で、ゴーレムは小屋を跨いでキュルケ達のいる方へ歩き始める。
小屋からクロコダインが臨戦態勢で出てくるのを確認し、キュルケは森へと走り出した。
男子4名はとうに広場と森の境目まで到達しており、こちらを手招きしている。
逃げ足の速さに感心するべきか、ちょっとは手伝えと憤るべきか、キュルケは場違いな悩みに襲われた。


250 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:33:27 ID:y63zxrX5
あのデカブツはオレが相手をする。ルイズとタバサはそのまま森まで走れ」
クロコダインが背後の2人を見ないままそう言うが、返ってきたのは反論だった。
「そんな! 敵を前にして逃げろっていうの!?」
ルイズは魔法を爆発という形でしか発動させる事が出来ない。しかし、それ故に『貴族』としての矜持という物を大切にする。
問題はそれを大切にしすぎて視野が狭窄し、無謀な行動を取りやすくなるという点にあった。
自分の主が抗議の声を上げるのを聞いて、クロコダインはゴーレムから目を離さずまま苦笑を洩らす。
「なあルイズよ。オレたちは学院長からどんな任務を受けたか覚えているか? それはゴーレムを倒せという内容だったか?」
ルイズは己の使い魔からの質問に、自分が熱くなり過ぎていたのを自覚した。
「……そうね、確かにゴーレムを倒すという任務では無かったわ」
土くれのフーケを捕え、盗まれた秘宝を取り戻す。それが自分たちが志願した捜索隊の目的である。
目の前に現れた巨人を倒してもフーケに逃げられてしまっては意味がないのだった。
では、今するべきことは何か。
おそらくは森の中でゴーレムを操りながらこちらを窺っている怪盗を見つけ出す事だ。
ルイズはそれで納得したのだが、今度はタバサが違う角度から反論した。
「1人では危険。援護くらいはできる」
タバサは学院でも有数のトライアングルメイジであり、またシュバリエとして幾つかの任務をこなし死線をくぐっている。
故にゴーレムの力を甘く見ず、協力して対処した方がいいと考えていた。
「そ、そうよ! いくらクロコダインが強くてもあんな大きいの1人で相手するなんて!」
一旦は納得した筈のルイズまでタバサの意見に同意する。
「なに、足止めをするだけだ。幸い動きが機敏というわけでもなさそうだしな」
敢えて気楽な口調で返すクロコダインに、少女達は不安げな視線を送る。2人ともクロコダインの『全力』を見た事が無いのだから心配するのは無理もない話なのだが。
「さあ、議論している暇はないぞ。オレが心配なら早くフーケを探し出してくれ」
ここでクロコダインは振り向き、ニヤリと笑って言った。
「うかうかしているとギーシュやキュルケに先を越されるぞ」
確かに外で見張りをしていた彼らは既に森の中へと向かっている。
タバサはともかく、ルイズはツェルプストー家の者に先を越される訳にはいかなかった。以前と比べればキュルケへの印象は良くなっているが、それとこれとは話は別だ。
そしてギーシュに先を越されるのはルイズだけではなくタバサにとっても問題であった。それはもう、理屈ではなく感情的に。
ましてマリコルヌなどに出し抜かれた場合にはショックで立ち直れなくなる。
2人は顔を見合せて頷きあうと、森へと駈け出した。その後ろをフレイムがついていく。殿を守っているのだ。
同時にクロコダインはゴーレムへと向かっていく。その左手に刻まれたルーンが淡く光を放っているのに、誰もまだ気づいていなかった。


251 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:36:26 ID:y63zxrX5
森の中に隠れつつ広場の様子を窺うにはどこが最も適しているだろうか。
レイナールはそんな事を考えつつ周囲を見渡した。
昨夜の様にフーケがゴーレムの上に乗っていないのは既に確認してある。
森の奥深くに入ってしまえば見つかる危険は少なくなるだろうが、同時に広場の様子が判らず即応性には欠けるだろう。
かといってあまり近くにいれば見つかる可能性が高くなる。仮にも怪盗と呼ばれる人間がそんな危険を冒すとは考えにくい。
ちらりと広場の方を窺うと、ゴーレムに真っ向勝負を挑んでいるように見えるクロコダインの姿があった。
(急がないと)
同時に2つの魔法が使えない以上、ゴーレムを操っている限りフーケはこちらに攻撃できない筈だ。
逆に言えば、自分達が安全にフーケを捜索できるのは怪盗がゴーレムを操っている間に限られるのである。
自分がただのドットメイジに過ぎない事を充分に自覚しているレイナールは、それだけに無理をしようとは考えていなかった。
ただ、先程自分たちとは反対側の森へ駈け込んでいったルイズが真っ先にフーケ捜索隊に名乗り出た時は驚いたし、正直出遅れたとも思う。
つまらないプライドだとは思うが貴族として、それ以前に男としてそのまま見ているだけという訳にはいかなかった。
それは多分、ピクニックと称してついてきた仲間たち全員に言える事だろうとレイナールは思っている。
その仲間たちは木の根っこに足を取られて転んだり、咲いていた野薔薇を見て美しいと呟いたり、手当たり次第にディテクト・マジックをかけようとしてキュルケにツッコまれたりしていたが。
本日何度目かわからないため息の後、レイナールは考える。メイジとしての実力が足りない以上、使うべきなのは頭脳。仲間が微妙に当てにならないならばなおさらだ。
(もしぼくが土くれのフーケなら、どこに隠れる? ゴーレムを使いながら追手から姿を隠すには──)
生い茂る名も知らぬ草花、倒木とその下から顔を出す若芽、真っ直ぐに天に向かって延びる木々。
下から上へ視線をずらしていきながら、レイナールはある可能性に気がついた。
「ツェルプストー、ちょっといいか?」
キュルケを小声で呼んだ理由はたまたま近くにいたからである。決して他の3人が頼りなかったわけではない。
心中でそんな言い訳をしつつレイナールは自分の考えを彼女に告げた。
「ひょっとしたら、フーケは木の上に身を隠しているのかもしれない」
一瞬の間を置いてキュルケが答える。
「──あり得るわね。向こうもあたしたちが捜してるのは把握してるでしょうし」
「問題はどうやってその場所を特定するか、なんだ。自分で言っておいてなんだけど、ただ木の上というだけじゃ見つけようがない」
なんといってもここは森の中である。身を隠せそうな大木は数え切れないほどあった。
「タバサたちと合流しましょう。あのコの風竜は目がいいの」
「いや、そりゃ視力はいいだろうけどここは草原じゃないんだ。いくら空から見たって」
困惑気味に否定するレイナールの口に人差し指を当てて、キュルケは嫣然と微笑んだ。
「もちろん、考えがあるのよ」

252 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:39:25 ID:y63zxrX5
レイナールの予想通り、フーケは大木の枝に身を潜めていた。
(全く忌々しいねっ、何だいあの使い魔は!)
彼女が当初考えていた作戦では、ゴーレムを何人かの学生に攻撃させた上でわざと崩壊させ、構成していた土で相手の足を埋めて『錬金』し拘束するというものだった。
ところが学生たちはあっという間に森に逃げ込んでしまい、ろくに近づいてこない。
一旦は後を追いかけようとしたのだがこちらは30メイルもの巨体である。森の中を動き回るにはとことん向いていなかった。おまけに残った鰐頭の獣人がゴーレムの足止めに入ってしまう。
ではこの使い魔を無力化しようと試みたのだが、それは甘い考えだった。
何せこの使い魔、手にした斧でゴーレムの足を斬り倒し始めたのである。それはもう凄い勢いで。
巨体を支える為に意識して太くしていた筈なのに、まるで意に介していない様子で足が『吹き飛んで』いく。
流石に転倒こそさせなかったものの、バランスを崩した回数は片手の指では足らない。こちらから攻撃する暇などなく、足の再生と立位の維持で手一杯の状況だ。
(なめんじゃないよっ)
幾度目かの攻撃の後、フーケは故意にゴーレムのバランスを崩した。
下敷きになるのを回避するためクロコダインが距離を取るのを見計らい、そのまま四つん這いにさせて四肢を鉄製に『錬金』する。
これで攻撃力と防御力を同時に上げ、しかも立っているより安定して攻撃する事が可能となった。
唸りを上げて鉄の拳が連続してクロコダインに襲いかかる。
「ぬうっ」
攻撃パターンが変化したせいか、これまではある程度の余裕を持ってかわしていたクロコダインがほぼ紙一重の回避を取った。
地面に拳が突き刺さり、1メイルはある大穴を残す。更にそのまま横薙ぎに腕が払われるが、これをクロコダインは斧を使って受け止めた。
しかし完全には威力を殺せず、じりじりと押されていく形となる。
(よし、これならイケる!)
トライアングルの土メイジとしてのプライドからか、この時フーケはゴーレムでクロコダインを倒すという考えに固執してしまっていた。
当初の予定の様に『錬金』による拘束という作戦を取っていれば、あるいはこの後の展開は違うものになっていたかもしれない。
フーケにとって不運だったのは、相手にしたのがあらゆる意味で規格外の使い魔だったという一点にあると言えるだろう。
「唸れ! 爆音!」
クロコダインの声が広場に響く。直後、大きな炸裂音と共に宙に舞うゴーレムの左腕を見て、フーケは言葉を失った。
(まさか、先住魔法の使い手だってのかい!)
実際には違うのだが、そんな事はフーケにとって何の慰めにもならなかった。
衝撃で上半身をのけぞらせるゴーレムの左腰に、クロコダインは大戦斧を下から掬い上げるように叩き込む。
「唸れ! 疾風!」
『錬金』されていたのは肘・膝から下の部分で、それ以外は当然土のままである。
零距離から放たれた真空呪文は、あろう事か左腰から右肩に抜ける形でゴーレムを逆袈裟に斬り飛ばしていた。
茫然となるフーケの前で2つに分かれたゴーレムが音を立てて地に落ち、そのまま形を失って土に帰る。
魔法を維持する為の集中力が途切れてしまった所為だ。そして新たにこのサイズのゴーレムを作る精神力は、彼女には残されていなかった。
更に、未だ驚愕から未だ覚めぬフーケに対し、予想外の災厄が突風という形で襲い掛かろうとしていた。

254 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:42:21 ID:y63zxrX5
蒼い鱗に覆われた竜が、高速で森の上──木に接触しそうな位の低空だ──を飛び回り始める。その背には『雪風』のタバサと『風上』のマリコルヌを乗せていた。
竜が通り過ぎる度に木々は大きく枝をしならせ、更にタバサが威力をある程度落とす替わりに効果範囲を広くした『エア・ハンマー』を放つ。
マリコルヌはその後ろでタバサと自分が振り落とされない為の風の結界を張っていた。
今、この森は季節外れの嵐が襲来したかの様な状態にある。

勿論これは木の上に潜伏していると思われるフーケを燻り出す為の作戦である。
キュルケが案を出し、ルイズとレイナールが修正し、足りない部分をタバサが補ったものだ。因みに名前の出てこない残りの3人はただ頷いているだけだった。
もっとも当初キュルケが考えた案ではシルフィードに乗るのは自分とタバサで、エア・ハンマーではなく火の魔法をぶっ放すという豪快極まりないものであった。
当然の事ながらキュルケ以外のメンバー全員から駄目出しされたのだが。
大規模火災を起こす気かとか森にいるボクらも焼け死ぬとか言われたキュルケは「冗談よ、じょーだん」と返したが、どう見ても本気だったと後にギーシュは語っている。
全くこれだからツェルプストーは、と代わりにルイズが名乗りを上げたが、これも他全員の反対にあった。
フーケを爆殺するつもりかとか流れ失敗魔法がこちらに来る確率95%とか言われたルイズは「そんな事になる訳ないでしょ!」と抗議したが、皆は華麗にスルーしている。
結局風竜には主であるタバサと、ドットとはいえ風のメイジであるマリコルヌが乗る事になった。
普段無表情なタバサが微妙に嫌そうな顔をしたのをキュルケとルイズは見逃さなかったが、時間も押していたので心の中で謝るに留めておいた。

タバサが幾度目かのエア・ハンマーを放った時、シルフィードが注意を促すように大きく「きゅい!」と鳴く。
見れば彼女たちが通り過ぎた後で、一際大きな木の中ほどから何かが落ちていくのが見える。
素早く遠見の魔法を使ったタバサの瞳に、黒いフードから零れおちる緑の長髪が映りこんだ。
ちなみにマリコルヌは見えそうで見えないタバサのスカートの捲れ具合に意識を集中させており、当然の事ながら落ちていく人影など映る訳もなかった。

いきなりの突風に、フーケは足を滑らせる。
「このっ!」
咄嗟に浮遊の呪文を唱える事が出来たのは僥倖だった。落下中に枝に引っ掛けた所為で顔を隠していた外套は一部が裂けてしまい、用を為さなくなっていたが。
それでも大きな怪我がなかったのは運が良かったとフーケは考える。20メイルを落下して擦り傷程度ですんだのだから。
「え? ミス・ロングビル?」
ふと声がする方を見ると、戸惑いの表情を浮かべるルイズとキュルケの姿があった。その足元にはサラマンダーがいる。
そしてフーケと彼女たちの間に、黒い30サント程の筒があった。
「あ」「あ!」「あー!」
3人が同時に声を上げる。
それはまぎれもなく落下する際に懐から落っこちたと思われる学院の秘宝、『神隠しの杖』であった。
フーケは運が良いなどと思ったさっきの自分を呪う。せめて顔さえ隠れていれば誤魔化し様もあったものを、これでは私がフーケですと自己紹介しているようなものだ。
故に、彼女は決断する。
残り少ない精神力で土製の壁を作る。自分とルイズ達の間にではなく、ルイズとキュルケを分断するような形で。


255 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:44:28 ID:y63zxrX5
「ルイズっ!?」
「離れて、キュルケ!」
壁の向こうからの声に従い、キュルケはバックステップで距離を取った。ルイズが失敗魔法で壁を壊すつもりだと判断したのだ。
ほどなく、爆発音と共に土壁があっさりと崩れさる。
朦々たる土煙の向こうにキュルケが見たものは、ロングビルに羽交い絞めにされ、首元にナイフを突き付けられたルイズの姿だった。
「……なんのつもりかしら、ミス・ロングビル」
低い声で尋ねるキュルケに、ロングビルは冷笑を返す。
「そうですね、質問に答えて欲しければまず杖を捨ててもらおうかしら?」
「ダメよキュルケ!」
思わず叫ぶルイズに、ロングビルはナイフをちらつかせた。
「ちょっと静かにしてくれないかい?」
その言葉に沈黙するルイズだったが、彼女は何故かキュルケではなく先ほどまでロングビルがいた方角を見ていた。
(なに?)
ここで2人から視線を外すのは拙い。キュルケは傍らの使い魔と視線を同調させ、ルイズの視線の先を見た。
そこにある物を確認し、同時に彼女の意図を把握したキュルケは大きくため息を吐く。
「ヴァリエール、1個貸しよ?」
愛用の杖を指先でくるくると廻し、相手の視線を引きつけてわざと勢いよく上に放り投げる。
反射的に相手が上を見るのと同時に、キュルケはフレイムを全速力で走らせた。
ロングビルが回収し損ねた『神隠しの杖』の元へと。
「ちっ!」
あっという間に秘宝へと辿り着き、守るように口先からちろちろと火を出すサラマンダーを見てロングビルが舌打ちする。
「あらあら、どうされたのかしら? ところで杖を捨てたのですけど先程の質問に早く答えて欲しいものね、ミス・ロングビル」
そこへ失敗魔法の爆音を聞きつけたギーシュたちと、ゴーレムを倒した後に広場で合流したクロコダイン、タバサ、マリコルヌが現れ、全員が目を疑った。
「おっと! それ以上近づくんじゃないよ、公爵家令嬢が大切ならね!」
鋭い口調のロングビルに一同は思わず足を止める。
「実はミス・ロングビルが土くれのフーケだった、という事みたいよ」
「端的な説明をどうも、ミス・ツェルプストー。さあ、彼女を見習って杖と武器を捨てて貰おうかしらね?」
つ、とフーケの持つナイフが人質の頬をなぞった。傷こそ付いていないが、ルイズの表情が明らかに強張る。
秘宝はこちらの手にあるものの、人質をとられてしまった以上表立っては逆らえない。
メイジたちは杖をフーケの方へ投げる。ギーシュなどはせめてもの抵抗か全く逆方向に投げ捨てていたが。
クロコダインも大戦斧を地面に突き立てながら尋ねた。
「一体何のつもりだ、これは」
「そうね、一応は知っていた方が納得がいくかしら」
そんな問いにフーケは妖艶な笑みを浮かべて答える。
「その『神隠しの杖』を盗み出したのはいいんだけど、生憎と使い方がサッパリ分からなくてね。魔力を通しても動きやしない」
女子生徒3人は思わず顔を見合わせた。どうやら行きの馬車の中で話していた冗談が当たっていたらしい。
「最初は使い方を知ってるだろうセクハラジジイか誰かを誘い出そうとしたんだけど、まさか遠足気分の学生なんかが釣れるなんて思いもしなかったんでね。ちょっとシナリオを変えたのさ」
侮辱されたと感じたギーシュ、ギムリが思わず飛び出そうとするが、2人を制止したのはクロコダインだった。
「最後まで言わせてやれ」
「気の利いた使い魔だね。まああんたたちの命を獲ろうとは思ってないよ。まあオールド・オスマンには
『フーケに学生が捕らえられた。開放してほしくば秘宝の扱い方を教えろと言っている』
とか話せばいいだろうから、その間この森に居てくれればそれで済むのさ」
言うだけ言って、フーケは彼らの足を『錬金』で拘束しようとする。
だが、それはクロコダインの一言によって阻止された。
「学院に行っても無駄だぞ。オスマン老は使い方を知ってはいなかったからな」
「……なんだって?」
「オスマン老は秘宝の使い方を知らない、と言った」
問われた使い魔は律儀に答え、更に続ける。
「ここへくる前、ルイズたちが着替えている間にオレはどんな宝物が盗まれたのかを学院長に確認した。その宝はオスマン老の恩人の遺品で、使用方法は皆目見当もつかん、と言っていたぞ」
フーケが小さく舌打ちするのがルイズの耳に入る。
「……じゃあ何かい。今までしてきた事は全部無駄だったってわけかい」
冥府の底から響く様な低音で呻くフーケに、クロコダインはあっさりと言い放つ。
「そうでもないぞ。オスマン老は知らなくとも、オレは使い方を知っているからな」
一瞬の間を置いて、フーケのみならずその場の全員の目が点になった。

256 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:47:15 ID:y63zxrX5
「ちょ、ちょっと待って! なんで貴方が『神隠しの杖』の扱い方なんて知ってるのよ!?」
首元に短剣を突きつけられているのも忘れた様子でルイズが叫ぶ。
ついさっきまでは人質になってしまった自分を責めたり、如何にこの窮地を脱出するか知恵を絞っていたのだが、もうそんな事は明後日の方角へすっ飛んでしまっていた。
「なに、以前同じものを使っていた事があってな。もっとも、オレたちは『魔法の筒』と呼んでいたが」
「ハッタリじゃないだろうね」
険しい目つきで問い質すフーケに、クロコダインは肩をすくめる。
「主の身の安全がかかっているのに嘘は言わん。ルイズを開放してくれるならこの場で使ってみてもいいが?」
フーケは少しの間考える素振りを見せて、慎重に言った。
「その前にこのお宝がどんなモノなのかを説明しな。どんな効果があるのか分からなきゃおっかなくて使えやしないからね」
「確かにな。……簡単に言うと、この筒にはサイズに関係なく一体のモンスターを封じ込める効果がある。キィワードを言うことで出し入れが可能だ」
「……成程ね、それで『神隠しの杖』か。で、どうやって使うんだい?」
「筒を対象に向けて『イルイル』と唱えればいい」
フーケは再び笑みを浮かべて質問を打ち切った。
「それだけ聞けば充分だね。さあ、その筒をさっさとよこしな」
「ヴァリエールの解放が先だ!」
そう叫んだのはクロコダインではなくレイナールだった。
「クロコダイン、いくらルイズが人質になってるからってちょっと喋りすぎよ?」
「同感。駆け引きが必要」
キュルケとタバサが口々にそう言うのを聞いて、思わずルイズはツッコみを入れる。
「確かに駆け引きは重要だけど、わたしの安全は考慮に入れてないの?」
「尊い犠牲だったわ」
わざとらしく泣きまねをしてみせるキュルケにキレそうになるルイズだが、緊張感が根こそぎ減っていくような会話をフーケは嫌ったようだった。
「あんまりふざけた事を言ってると、うっかり手が滑るわよ」
「滑った時がお前の最期だがな」
ナイフを軽く動かしてみせるフーケに、クロコダインが釘を刺した。
確かにルイズが人質として使えなくなれば、クロコダインたちは遠慮なくフーケを捕えようとするだろう。
自慢の巨大ゴーレムを実にあっさり風味に倒してみせた怪物相手に争うなど、愚の骨頂というものである。
フーケは魔法で地面を操りルイズの足首までを埋め、『錬金』で拘束するとそのまま数メイル後ろに下がった。
これで彼我との距離は10数メイル。
ゴーレム戦で見せた魔法は威力が強すぎてルイズを巻き込むだろうし、接近しようとしても自分が再び彼女を人質に取る方が早いという位置取りだった。
完全に解放とまではいかないが取り敢えずルイズから離れたという事で納得したのか、クロコダインはフレイムが咥えていた秘宝を受け取りフーケへと投げる。
危なげなくキャッチしたフーケは、そのまま筒をクロコダインへと向けた。
「試させて貰うよ! 『イルイル』!!」
モンスターを封じ込める事が出来ると聞いた時から、フーケはこうするつもりであった。
残った生徒たちと使い魔は予定通り拘束しておけばいい。強いて言えば図体のでかい風竜がネックであったが、それでも何とかなる位の精神力は残っている。
先ずは最も戦闘力の高いあの獣人を無力化する事こそが最優先だとフーケは本能的に察知していた。
しかし。
そんなフーケの目論見を嘲笑う様に『魔法の筒』は何の反応も示さなかった。
「! 『イルイル』! 『イルイル』!!」
何度叫んでも、何の反応も起こさない事にフーケは焦り、そして迷う。秘宝を持って逃げるか、もう一度人質を取るか。
次の瞬間、3つの出来事が同時に起きた。


257 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/01/24(土) 23:50:14 ID:y63zxrX5
フーケに向けて、誰もいない筈の背後から強烈な殺気が襲いかかった。
裏の世界で生きていたフーケをして「動いたら死ぬ」と思わせるような強烈なプレッシャー。
まるで巨大な蛇に呑み込まれる寸前の小動物の様に、彼女は動きを封じられた。

10数メイルの距離を一気に0にする勢いで、クロコダインはルイズの横をすり抜けフーケに突進した。
戦斧の柄先を片手で持ち、刃が届くギリギリの距離からの一閃。
グレイトアックスは狙いを過たず、フーケの持つ杖を両断した。

杖を捨てた筈のギーシュが、これまでにない集中力で呪文を唱えた。
隠し持っていた造花の薔薇から飛ぶ一枚の花弁。
フーケの背後に出現した青銅のゴーレムが、彼女を羽交い絞めにした。

「怪我はないか、ルイズ」
フーケが無力化されたのを確認し、クロコダインは心配そうな声で主に呼びかけた。
「わたしは大丈夫。それより……」
人質になり、不本意とはいえ味方を危険に晒した事を謝ろうと思ったルイズだったが、それを今ここで言うのは躊躇われた。
ささやかな矜持と羞恥心が、皆の前で謝るのを妨害する。
それでも迷惑を掛けた事に変わりはなく、なんとか勇気を出して謝罪を口にしようとするルイズだったが、その言葉は自分の使い魔によって阻止された。
「怖い思いをさせてすまなかった。主の身を守ると言っておいてこの有様では、使い魔失格だな」
まさか自分が謝られるとは思ってもいなかったルイズは、思いきりどもりながら反論する。
「な、ななな、なに言ってるのよ! クククロコダインはちゃんと守ってくれたじゃない! ゴーレムだって貴方が倒したんでしょ!?」
顔を真っ赤にして言いつのるルイズに、思わずクロコダインは笑みを漏らす。
「オレの主は、本当にいい娘だな」
さらに顔を赤くするルイズを見て、他の者達は「あー、あっついあっつい。春なのに」「誰かー、強めの酒持ってきてー」「元帥! ここに乙女がいます元帥!」などと呟いていた。


343 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:05:09 ID:grgmDZ2B
虚無と獣王
17  淑女と獣王

唯一杖を持っていたギーシュによって拘束されたフーケは、憎々しげにクロコダインを睨みつけた。
「よくもまあ嘘を吐いてくれたもんだね! 何が『主の安全がかかってるのに嘘は言わん』だい!」
「心外だな。オレは嘘など吐いてはいないぞ」
全く怯む様子もなく言葉を返すクロコダインに、フーケはさらに言い募る。
「じゃあ何であんたはあの筒の中に封じ込められなかったのさ!?」
「ちゃんと言った筈だぞ。『筒には一体のモンスターを封じ込める効果がある』と。逆に言えば『一体しか封じられない』訳だ」
その言葉の意味に気付いたのはルイズだった。
「つまり、その『魔法の筒』の中にはもう何かが入ってるって事、よね?」
クロコダインは笑みを浮かべルイズに向き直る。
「そう言う事だ。そして中のモンスターを外に出す時の合言葉は『イルイル』じゃない」
「じゃあなんでそれを教えない!?」
「言おうとしたんだが、『そこまで聞けば充分』と言われてしまったのでな」
笑みを苦笑に変えるクロコダインに、フーケはぐうの音も出なかった。
「そもそもオスマン老はこの筒に『神隠しの杖』などという名前を付けているんだ。その意味をもう少し考えるべきだったな」
「……?」
首を捻る一同だったが、今度はキュルケが一番に気がついた。
「ああ! オールド・オスマンはこの杖の効果を知ってるのね!? だから『神隠しの杖』なんて名前を付けたんだわ!」
「いや、でも学院長はこの筒の使い方は知らないんじゃなかったか?」
ギムリのそんな疑問に答えたのはレイナールである。
「──使用方法が判らないのと効果を知っているのは話が別だよ。多分、学院長は誰かが使っているのを目撃したんじゃないかな」
「その筒はオスマン老の恩人の遺品。確かそう言っていた筈」
レイナールの説をタバサが無表情に補足した。
「まあそう言う事だ。嘘は吐いていないだろう?」
クロコダインはそう言って肩をすくめてみせた。

それにしても、とタバサは思う。
これまでのクロコダインの印象は「強い戦士」というものだったが、これからは「意外と切れ者」と付け加えなければならないと。
実際会話の流れに助けられた部分もあるのだろうが、本当に肝心な情報は一切フーケには伝わっていなかったのである。
さっきまでの補足話も落ち着いているからこそ推測できる物で、あの緊迫した状況下でそんな事が考えられる筈もない。
(興味深い)
この謎の多い使い魔を観察する必要がある。そんな事を考えながら、タバサはいつものポーカーフェイスを貫いていた。

「さて、こちらからも質問がある」
今度は逆にクロコダインがフーケに問うた。
「宝物庫から盗み出された物は2つ。『伝説の剣』は一体どこに隠した?」
魔法の筒を回収した事ですっかり安心していたルイズたちは、「あ、そー言えば」という顔を隠そうともしなかった。
「……ああ! すっかり忘れてたわ」
盗んだフーケからしてこの有様である。
「いや、あのインテリジェンス・ソードあんまり煩いもんだから、腹いせに小屋の近くに埋め込んだのよ」
鬼の所業であった。
「小屋の近くって……」「ひょっとしてゴーレムの材料になってないか……?」
フーケが作ったのは30メイルもの大きさのゴーレムである。当然の事ながら作るには大量の土が必要となる。
しばらくの間を置いて、フーケは心配げな顔の一同に告げた。
「さっきの攻撃で壊れてない事を祈るわ」
これっぽっちも心のこもっていない口調のフーケを尻目に、慌ててレイナールが広場へと赴きゴーレムだった土の山に向けてディテクト・マジックをかける。
反応のあった個所をクロコダインが掘ったところ、案の定と言うべきか鞘に入ったままの大振りの剣が見つかった。
剣を抜くとオスマンに聞いた通りの錆びついた刀身が現れる。
「……かれこれ6000年ばかり剣をやってきたけど、こんなひどい目みるのはじめて……」
いきなり愚痴る剣に、なんとコメントしようか思わず考え込むクロコダインだったが、結局いい言葉は思いつかずそのまま鞘へと納めることにした。
「……あれ? ちょっと待てオメ使い」
剣は何か言い掛けたようだったが鞘に収めると黙り込んだ為、まあいいかと思ったと後にクロコダインは語っている。


344 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:10:47 ID:grgmDZ2B
投げ捨てた杖を回収し、フーケをスリープ・クラウドで眠らせた上で一同は学院へと戻った。
フーケは衛兵に引き渡され、ルイズたちはその足で宝物庫へと向かう。
「うむ、確かに『神隠しの杖』と『伝説の剣』じゃ」
捜索に出てからの出来事を聞き終えた後、オールド・オスマンは真剣な眼で取り返された秘宝を確認した。
使命を果たし安堵のため息をつくルイズだったが、その耳にオスマンの独語が飛び込んでくる。
「それにしてもまさかミス・ロングビルが『土くれ』だったとはの……」
「そういえば、どうしてフーケは学院長の秘書という重要な役職に就けたんですか? 確か学院に勤める者は身分証明と誰かの紹介状が無いと駄目でしたよね?」
そんな疑問を投げ込んだのはレイナールである。
確かに国内の貴族の子弟を預かる以上、学院に勤めようとする者には教師からメイドに至るまで上記の2つが必要となる。
例えばシエスタの場合、タルブ村長からの身分証明と、結婚を機にメイドをやめる事になったタルブ出身の娘からの紹介状があって、初めて学院付きのメイドとなる事が出来た訳だ。
レイナールには宮廷に親戚がいるので、おそらくはそのあたりからこれらの事情を知っていたのだろう。
「うむ、それには深い訳があっての」
オールド・オスマンは重々しい口調で、とある酒場にてフーケをナンパしたあげく特例で秘書へと任命したという事実を披露し、結果として学生たちに白い目で見られたのだった。
「え? ちょっと何その汚物を見るような視線! だって尻とか触っても文句言わないんじゃぞ!? こりゃ私に惚れとるとか普通思うじゃろーが!」
ルイズ、キュルケ、タバサの3人ははっきりと「死ねばいいのに」という顔になり、男子生徒の中の幾人かは「流石は学院長だ」と感心しきりの様子だ。
そして微妙に自分に対する尊敬の念とかが危うくなったのを感じたオスマンは、すかさず話題を変える事にした。
フーケの件で登城する際、捜索に出た生徒全員にシュヴァリエの申請をするつもりがあることを伝えたのである。
「ホントですか!」
キュルケやギーシュたちは歓声を上げた。
シュヴァリエは武勲を挙げた貴族に与えられるもので、軍人ならばいざ知らずそれ以外の、ましてや学生が簡単に得られるものではない。彼らが喜ぶのは当然だと言えるだろう。
だが、そんな中で表情の優れない者がいる事にオールド・オスマンは気付いていた。
タバサはいつもの様に無表情だが、これは既にシュヴァリエであるからだ。勿論彼女には違う勲章を申請する予定である。
問題は、ルイズが浮かない顔をしている事にあった。


345 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:13:04 ID:grgmDZ2B
「どうしたのかね、ミス・ヴァリエール」
オスマンの問いに、ルイズは硬い声で答える。
「学院長、わたしは申請のメンバーから外して貰えないでしょうか」
皆が一様に驚きの表情を見せる中、オスマンは優しく問い直した。
「何故、と聞いてもいいかね?」
「わたしはフーケの捕獲に関しなにも貢献できませんでした。それだけならばまだしも、不注意から人質となり同行した者たちを危険に晒しています」
故にシュヴァリエにはなれないと、この生真面目な少女は答える。
「おバカねえ、ルイズ」
ふいに後ろからキュルケがルイズの頭の上にのしかかった。
ボリュームのある双丘がやんわりと形を変え、オスマンを始めとする男衆が生唾を飲み込む。
変なところで潔癖症よねこのコ、と思いつつ胸の下で「誰がおバカか!」と暴れる同級生にキュルケは言った。
「いい? そもそもあたしたちはフーケの捜索になんか行くつもりはなかったのよ? どこかの誰かが立候補しなければ、ね。そのあんたが辞退したらこっちの立場が無いじゃないの」
ギーシュたちがうんうんと頷く。目は2つの桃りんごに吸い寄せられていたけれども。
「まあ確かに人質にはなってたけど、その分クロコダインが大活躍してたんだから問題なしって事で」
「それはクロコダインの手柄でしょ! だったらクロコダインをシュバリエにして貰わなきゃ駄目じゃない!」
あくまで自分にはシュヴァリエたる資格はないと言い張るルイズに、オスマンは好感を持った。
「主と使い魔は一心同体と言うしの、使い魔の武勲は即ち主の武勲じゃろうて」
苦笑と共に言った台詞を、今まで沈黙を守っていたクロコダインが引き継いだ。
「オレには地位も勲章も必要の無いものだからな、ルイズが貰っておいてくれ。そもそもオレがそんなものを貰えるなら、シルフィードやフレイムにも渡さなければならなくなるぞ?」
当の使い間にそんな事を言われてしまっては返す言葉もない。確かに使い魔(つまりは人間以外の者)に騎士叙勲をするというのもおかしな話ではあった。
まあ、ルイズも他の学生たちもいつの間にかクロコダインが人間であるような感覚を持っていたので、本人に言われるまで特に違和感は抱いていなかったのだが。
「しかしミス・ヴァリエールの言い分にも一理はある。使い魔殿には私から何か贈ろうと思うが、何か希望はあるかね? 嫁さんとか言われると困るがの」
クロコダインは太い笑みと共に答えた。
「では、後で美味い酒でも持ってきてもらおうか」
「秘蔵の銘酒を届けさせよう」
オスマンも、また笑顔で答えた。

「おや、まだこちらにいたのですか」
控えめなノックの後、姿を現したのは教師コルベールであった。
「今夜はフリッグの舞踏会ですぞ。女性陣は早く支度をした方が」
「あ──────ッ!」
コルベールが言い終える前にルイズとキュルケが悲鳴じみた声を上げる。
「ちょっと待って待ってあれって今日だった!?」
「うわすっかりバッチリ忘れてたわ今何時ー!」
慌てふためく2人を前に、女性陣の中に入っている筈のタバサの反応は実に薄いものだった。
彼女にとって髪型やドレス、アクセサリーはさほど重要なものではなく、ちゃんとした服装を着て遅刻する事無く腹一杯ご馳走を食べられればそれでいいのだから当然であるとは言える。
「まずいよ早く、早く急いで準備しないと間に合わない!」
代わりに、という訳ではないのだろうがギーシュの方が余程慌てふためいていた。言い回しすらおかしくなっている。
「私からの話は以上じゃ。今夜は楽しむといい」
その言葉を聞いて退出しようとする一同に、オスマンは再び声を掛けた。
「あー、スマンがミス・ヴァリエールと使い魔殿には少し残って貰えんかの。なに、時間は取らせん」
微妙にえー、という顔をするルイズだったが、
「ちょうど良かった。オレも幾つか聞きたい事がある」
とクロコダインが答えた為、その場に残る事となった。

346 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:16:58 ID:grgmDZ2B
「さて、先ずそちらの聞きたい事とは何かの?」
「『神隠しの杖』に関しての事だ。あれは昔オレが使っていた『魔法の筒』と同じモノだが、どうしてここにあるのかが知りたい」
クロコダインの問いに、ふむとオスマンは考え込む素振りを見せた。
「昔同じモノを、という事はミス・ヴァリエールに召喚される以前という意味ですか!?」
オスマンの後ろに控えていたコルベールが口を挟む。宝物庫に残っている人間はクロコダインが異なる世界から来ている事を知っている者達でもあった。
「アレは私の命の恩人が遺したモノというのは既に言ってあったの」
頷くクロコダインに、オスマンは語り始めた。

20年ほど前、採集の為に森の奥深くへ入った時、翼長20メイルはあるワイバーンに襲われた事。
杖を飛ばされ、あわやという時に突然男が現れ、持っていた筒をワイバーンに向けると次の瞬間怪物の姿が消えてしまっていた事。
男は現れた時には既に重傷を負っており、急いで学院へ連れて行き介抱したがその甲斐もなく亡くなってしまった事。
男が持っていた刃の欠けた槍は墓標代わりにし、筒は『神隠しの杖』と名付け宝物庫へ保管した事。

一通り話し終えたオスマンは、クロコダインを見上げて言った。
「あの男も一風変わった容姿をしていたからの、ひょっとしたらお主と同じ世界から来たのかもしれん」
「変わった容姿というと、人間ではなかったのですか?」
一緒に話を聞いていたルイズが疑問の声を上げる。
「いや、基本的に人間と同じ体なんじゃがの、肌の色が紫がかっておってなぁ」
オスマンは昔を思い出ししているのか、どこか遠い眼をしていた。
「耳も人より大きかった。いや、エルフの様に尖っているのではなく、こう、幅が広いという感じで」
語るより見せた方が早い、とばかりにオスマンは懐から銅貨を取り出し小さなゴーレムに作り変えた。
そのゴーレムを見たクロコダインは驚きを隠せなかった。
「ラーハルト!?」
「知ってるの?」
主の問いに答える事も出来ず、クロコダインはゴーレムを凝視する。
だが、よく見るとかつての仲間とは少々容姿が異なっていた。
ともすれば細身に見えるラーハルトに比べ体つきはがっしりしており、顔もどことなく厳つい感じがする。
最初は自分と同じようにラーハルトも召喚されたのかと思ったが、考えてみれば謎の男がオスマンを助けたのは20年も前の話であるし、自分が覚えている限り、かの槍騎士は魔法の筒を装備してはいなかった。
だが、身体的特徴からこの男が魔族(もしくはその血を引くモノ)であることは確かだ。
「いや、仲間に似ていたんでな。なんにせよこの男はおそらく、オレと同じ世界にいたのだとは思う」
魔族の説明をすると長くなる為、クロコダインはそう言うに留めた。
「この人もクロコダインみたいに誰かに召喚されたんですか?」
ルイズの質問にオスマンは首を振った。
「それは私にも判らなかった。近くには誰もおらなんだし、彼もうわごとで「帰りたい」としか言ってはくれなんだしの」
「そうですか……」
クロコダインを元いた世界に帰すと誓ったルイズだったが、その手がかりは全く掴めていない。
オスマンの命の恩人がこの世界に流れ着いた理由が判れば何かのヒントになるかと思ったが、そう上手くはいかないようだった。
「しかしあの男とお主が同郷とは思わなかった。これも何かの縁じゃ、その筒は使い魔殿が持っていてくれ」
オスマンはそう言ってこの話を切り上げた。


347 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:20:10 ID:grgmDZ2B
「ではそちらの用件を聞こうか」
クロコダインの言葉にオスマンとコルベールは表情を改めた。
「お聞きしたいのは貴方の左手に刻まれたルーンの事です」
「ミス・ヴァリエールの使い魔になった後で、何か身体的な変化などはなかったかの?」
2人の問いにルイズは怪訝な顔をした。
コントラクト・サーヴァントの影響で使い魔は知能が上がり、犬や猫などの人間の身近にいる動物は人語を話すようになる事はよく知られている。
今更そんな事を2人が確認するとは思えない。
一方、クロコダインには何か思い当たる節があるようだった。
「ギーシュたちと体を動かしている時も感じていたんだが、今日はっきりと自覚した事がある。あのゴーレムとの戦いで体が普段よりも明らかに軽くなっていた。戦闘補助呪文を掛けられた訳でもないのにな」
「ほう」
「それに武器の使い方とでもいうのかな、これまで思いつきもしなかった扱い方が自然と流れ込んできた」
2人の教師は顔を見合わせた。
「学院長もコルベール先生も、一体何を気にしてるんですか」
状況が掴めないルイズが声を上げると、コルベールは意を決したように答えた。
「彼に刻まれたルーンが珍しいものだったのでね、調べた所それと同一のモノが過去にある事が判ったんだ」
一旦言葉を切って、コルベールは静かに言った。
「彼はガンダールヴだ」

「ガンダールヴ?」
怪訝そうな顔をするクロコダインとは逆に、ルイズはその名に聞き覚えがあった。
そう、学院に入学して初めてのトリステイン史の授業において、始祖の功績を学んだ時にその名を聞いたのだ。
神の左手。あらゆる武器を使いこなし始祖を守り抜いた伝説の使い魔。左手に大剣、右手に長槍を持つ天下無双の神の盾。
ルイズはこう見えて、歴代の学院生の中でも座学だけならトップクラスの秀才である。普通の生徒なら聞き流していたかもしれない事をしっかり覚えていた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
ルイズは慌てて問い質した。
「なななんで神の盾のルーンがクロコダインに刻まれちゃったんですか!」
「落ち着きたまえ、まだ確定したわけじゃない」
コルベールはそう言ったが、先程のクロコダインの言葉が説得力を打ち消していた。
契約の効果で武器の上手な使い方が流れ込んだり、戦闘能力が突然上がったりする話など聞いた事もない。
そしてこれらは、ガンダールヴになったからと仮定するとひどく納得のいく効果なのであった。


348 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:23:20 ID:grgmDZ2B
「ふむ、少し試してみるとしようかの」
オスマンはそう言って、傍らの『伝説の剣』を手に取った。
「これは以前ある武器商から譲り受けたものでな、なんでも6000年前に作られたと言われておる」
「この剣が、ですか? 誰がそんな事言ってるんです」
それこそ始祖が生きていた頃に作られたなどという話を、ルイズは信じる気にはなれなかった。
「剣本人がそう言っておるのさ」
オスマンは150メイル余りの長剣を苦労して引き抜いた。その途端、鎬の金具を震わせながら『伝説の剣』が喋り始める。
「幾ら強そうで『使い手』だからって話してる最中に鞘に入れるなよっててめ、俺をこんなトコに押し込めやがったジジイじゃねぇか!」
わめく剣と対面したルイズは、フーケが地面の中に埋め込んだ時の気分を完全に理解した。
一方オスマンは剣に冷静なツッコみを入れる。
「自分で『伝説だぜ俺』とか言うとったじゃないか。確かに大層な魔法が掛かっておるようじゃしの」
当然の事ながらディテクト・マジックを掛けた上での発言である。
「俺は剣だっつの、斬ってなんぼの商売なのに倉庫に入れっぱなしたぁどういう了見だよ!」
憤る剣をさらりと無視してオスマンはクロコダインに話しかけた。
「どうじゃな、こいつを持っても上手な使い方とかは流こんでくるかの」
ルイズの背程もある大剣だがクロコダインが持つとやや小振りに見えてしまう。本来なら両手持ちの筈だが、彼の場合片手でも微妙に持ちにくそうだった。
「──ああ、オレは剣は得手じゃないが、どう振れば効果的かが判る」
目を閉じ、体内の気を高めながらルーンの効果を確認するクロコダインに剣が語りかける。
「おお! おめ、やっぱ『使い手』か! いやあ、人間以外の相棒なんて……あれ? 前にもあったような」
「ねえボロ剣、さっきから気になっていたんだけど、その『使い手』って一体何なのよ」
剣の言っている事が今一つ判らない面々を代表してのルイズの問いに剣は声を荒げた。
「誰がボロ剣だ! 俺にはデルフリンガーって立派な名前があらあ! 大体最近の奴は『使い手』の事も知らねぇのか、いいか『使い手』ってのは……なんだったっけ」
ルイズは静かな表情で言った。
「学院長。こいつ埋めて下さい」
「いや、そう短絡的にものを考えてはいかんぞ。まあどうせ賭けチェスのカタに武器屋の親父からせしめたモンじゃし、別に埋めても惜しくはないがの」
教育者らしい口調でオスマンが答える。その内容は酷いものだったが。
「ひでえだろその扱いは。なあ、俺を使ってくれねぇか相棒、色々役に立つぜ?」
クロコダインは黙って壁に立て掛けてある愛用の大戦斧を見つめた。
「い、いや待って、あれも確かに業物なんだろうが、ホラ! 狭い所だと使いにくいだろ? その点俺なら」
クロコダインは黙って腰に下げたギーシュ謹製の手斧を軽く叩いた。
「い、いや、まあ待ってくれよ、言っちゃなんだがそれ青銅製だろ? あんま武器としちゃ」
オスマンとコルベールがすかさず『固定化』の魔法をかける。火のトライアングルと土のスクエアの魔法は、ブロンズの斧を必要以上に固くした。
「なあ、これイジメ? 俺、泣いていい?」
結局、クロコダインは取り敢えず話し相手として剣改めデルフリンガーを預かる事にし、主から「お人よしが過ぎる」という評価を得ることになった。


349 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:26:04 ID:grgmDZ2B
話が終了し、退出する2人を見送ってからオスマンとコルベールは深々とため息をついた。
「流石にミス・ヴァリエールも気付かなかったようですな」
「いくら何でもそれは無理じゃ、そもそもこちらとて信より疑の方が多いからの」
実は一年前、ルイズが新入生としてやってくる時にオスマンは彼女の父親であるヴァリエール公爵から秘密裡に依頼されたことがある。

『もし出来ることならば、娘が魔法を失敗する理由を調べて欲しい。但し調べている事をルイズには知らせる必要はなく、また娘を特別扱いにする必要もない』

それから現在まで、オスマンは密かにルイズの言動に目を配っていた。
魔法成功率0%。
系統魔法を唱えれば呪文も魔力の込め方も正しいのに何故か爆発を引き起こす。
しかしその爆発は、火の魔法のエキスパートであるコルベールが再現できないものでもあった。
爆発という現象を引き起こすには少なくとも「火」と「土」のスペルを掛け合わせる必要があるにも関わらず、ルイズはドットスペルでトライアングル相当の威力を叩き出す事がしばしば見られたのだ。
何故こんな事が起きるのか。
ともすれば魔法偏重主義と揶揄されるトリステインにおいて、魔法学院の教師となるにはそれ相応の知識と技術が必須となる。
そのエリートたちが、ルイズの失敗魔法について説明も再現も出来ないのだ。
全く持って非常識と言わざるを得ない。
ヴァリエール公爵が悩み、オールド・オスマンが頭を抱えたのも無理は無いと言えるだろう。
だが、ここに来て事態が変わった。あの使い魔が『始祖の左腕』ガンダールヴだとしたら、その主人の系統は?
オスマンもコルベールもそれを思いついた時はまさかと思い、しかしその可能性を否定する事は出来なかった。
「で、どうされるおつもりですか?」
コルベールの問いに、オスマンは首を振って答えた。
「どうもこうも、現状を維持するしかなかろう。元々確証がある訳じゃなし、うっかり王宮になど知られたらエライ事になるわ」
ただでさえ隣国では内乱が勃発している不穏な時期に、そんな事を報告しても碌な事になるまいと呟く。
「まあヴァリエール公爵には私からそれとなく伝えておこう。どうせフーケの件で城までいかねばならんからの」
実に嫌そうな顔をするオスマンに、コルベールは同情を禁じ得ない様子だった。
オスマンの王宮嫌いは今に始まった事ではない。
「彼女らの前では言えなんだが、君もよくやってくれたな。ヴォルテール君」
「コルベールです。どう間違えたらそうなりますか」
「冗談じゃ、マジになるでない。まあ舞踏会まで間がある。少し休みたまえ」
そう言ってオスマンは、自分の『頼み事』を無事果たしてくれた男を労うように肩を叩いた。


350 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:30:22 ID:grgmDZ2B
『フリッグの舞踏会』は本来、新入生を歓迎するという意味合いを持っている。
これまで多かれ少なかれ従者に世話をして貰っていた貴族の子女が全寮制の学校に来るのだから、当然新入生たちは緊張している。少しでもリラックスさせる為の舞踏会という訳だ。
また魔法学院は、貴族が貴族らしく振る舞う事が出来る為の学習の場でもある。
要は卒業後、王宮主催のパーティーに招かれた際などに恥をかいたりしないように学院側が配慮し、こうした機会を作る事で場慣れさせておく授業の一環でもあった。
だが今年は、例年とはいささか事情が異なっていた。
通常主役を求めない筈のこの会に、特別に紹介された者たちがいる。
「土くれのフーケ」が学院に盗みに入ったのは既に学生たちの間にも知れ渡っていたが、その怪盗を捕らえた者たちとして7名の学生が学院長の口から発表されたのだ。
そして今、その7名のうちの一人が多くの者に囲まれながら得意げに独演会を開いている。

「そこで僕はワルキューレを作ってゴーレムに立ち向かったのさ。
確かに敵は強大だったけれど、このギーシュ・ド・グラモンの勇気と誇りはそんな簡単に折れるモノではないと言うことをかの怪盗に教示しなければならなかったからね!」

その様子を少し離れた場所で眺めているのはギーシュらと一緒に紹介されたレイナールである。
彼の周りには上級生やクラスメイトなどが集まり、口々にギーシュの言ってる事が正しいのか確認していた。
「で、あれはどうだ」
「立ち向かっていったのはヴァリエールの使い魔、クロコダインだけですよ。おかげで僕たちはその間フーケを捜す事に専念できたんです」
上級生のベリッソンにそう答えると、相手は微妙な表情になった。
先日の食堂での一喝がまだ堪えているらしい。そういえばあの時ツェルプストーの盾に成り下がっていたなこの人、と要らない事を思い出した。
「じゃあ杖を投げ捨てる振りして油断させ、フーケを捕らえたって言うのもウソなの?」
「いや、それは本当だよ。フーケの捜索中に野薔薇を手折っていたから、杖を捨てろと言われた時、代わりにそれを投げていたんだ」
隣のクラスの女生徒の質問に補足を入れつつ答える。
その間にも独演会は続いており、丁度フーケを燻りだす算段を立てる所に差し掛かっていた。

「この僕の発案で、風竜を使って怪盗を見つけ出すことにしたのさ。そもそも木の上に隠れているのは容易く想像できる事だったしね!」

それは初耳だなあ、とレイナールは完全に部外者のノリである。
実はギーシュの独演会は、これで5回目となる。
彼の名誉の為に言っておくと、最初からこんな調子だった訳ではない。ちゃんと自分のした事と仲間のした事の区別はつけていた。
しかし、ギーシュの近くに集まる女生徒が増え、そして彼女らの賛辞が増え、更に薦められるワインの量が増えるに従って話が大きくなっていったのである。
因みに去年は壁の花であったマリコルヌとギムリも今日ばかりはモテまくっており、有頂天になっているのが手に取るように判った。
『春……! 季節も春だけど人生の春……!!』
心の声がここまで聞こえてきそうな勢いである。
勿論レイナールにもダンスの相手には困らない状態だったが、小休憩を取っていたらいつの間にか質疑応答と解説の時間になってしまっていただけの話だ。
なんだかなあと思いつつ、レイナールはワインを飲みほした。
一方、本当の捜索隊である女子3人はどうなっていたか。
キュルケは何時もの様に取り巻きが門前市を為す状態である。
真紅の髪に燃えるような赤いドレスの彼女は、今日の主役という事を差し引いても充分に華やかであった。
タバサは黒のパーティードレスに身を包み料理とタイマン勝負をしている。
子供の様な体型と無口な性分から彼女は男子に余り人気が無く、極一部の特殊な趣味を持つ者もいたが彼らは総じて話しかける勇気を持っていなかったので、誰にも邪魔される事無くハシバミ草を食べまくっていた。
そしてルイズは、近寄って来る男たちをうんざりしながら捌いている。
白のドレスにピーチブロンドの髪が映え、立ち振る舞いも上品の一言に尽きる淑女に驚いた男子生徒が今日の武勲との相乗効果もあり殺到したのだが、ルイズは失礼にならないようにしながらも頑なにダンスの誘いに応じはしなかった。
大体昨日まで『ゼロ』だなんだと馬鹿にしていた連中に褒められても嬉しくない。大貴族の意地で超特大の猫を被っているので周囲には全く気づかれてはいないのだが。
少年たちの賛辞の声に応じながら、その瞳はここにいる訳もない誰かを探しているようにも見えた。

351 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/07(土) 10:33:31 ID:grgmDZ2B
「こんな所に居たのですか」
同時刻、ヴェストリの広場。
その片隅に使い魔たちが集まっている。輪の中心にいるクロコダインに、やって来たコルベールが話し掛ける。
「そちらこそ宴はどうしたんだ? 教師が場を離れてはいかんだろう」
そう言って笑うクロコダインの前にはたくさんの料理があった。
先程忙しい仕事の合間を縫ってシエスタらが持ってきてくれたのだ。マルトーからの指示だというそれらは貴族に出す料理と同じものだった。
シルフィードは大きな肉の塊を至福の表情で飲み込んでおり、フレイムも尾をパタパタと振って喜んでいる。尻尾には火が灯っているので迂闊には近寄れない状態だ。
その他のジャイアント・モールやフクロウ、カエルやスキュラらもそれぞれ自分の好物に手を出していた。
「ああいう華やかな場所はどうにも苦手でして」
苦笑と共にコルベールは『浮遊』の呪文で運んできた3つのガラス瓶を差し出す。篝火にルビーの様な赤がうっすらと透けた。
「学院長に頼まれましてな、約束の美味い酒だそうですぞ」
それはオスマンがまだ若い頃に樽ごと手に入れた銘酒を瓶に移し替えて今日まで保管していたという、文字通り秘蔵の一品だった。
「それはまた随分と早く約束を守ってくれたものだ。後で礼を言わなければな」
クロコダインは遠慮なく瓶を受け取り、傍に置く。
「そうだ、コルベールにもまだ礼を言っていなかったな。ありがとう、昼間は助かった」
コルベールは目を丸くした。
「一体、何の事です?」
「フーケにルイズが捕まった時、背後から『気』を放って動きを止めてくれただろう? ありがとう。アレのお陰でルイズは怪我をせずに済んだ」
クロコダインが頭を下げると、コルベールは慌てて言い繕う。
「いや、何か勘違いをされていませんか? 私はずっと学園におりましたが」
「そういう事にしておきたいのなら、確かにそうなんだろう。じゃあここからはオレの想像だ」
一旦言葉を切って、クロコダインは続ける。
「そもそもオスマン老が捜索隊を募った時から不思議に思っていた。何故お前が名乗り出ないのかと、な」
コルベールは黙して語らない。
「オレがルイズに召喚されたあの日、お前はルイズや他の生徒を庇うような位置に立っていた。仮に攻撃を試みても直ぐに阻止されただろうな。それに普段の体捌きを見ていても、何らかの心得があるのは一目瞭然だったよ」
日頃の鍛錬を怠っていない証拠だなと付け加え、手近にあった肉をシルフィードに向かって投げる。器用に首をくねらせて風竜は空中でキャッチした。
「それにオスマン老も、素人に近い生徒たちを何の考えもなしに危険な任務を押し付けるとは考えにくい。腕の立つ教師に自分の使い魔をつけて一部始終を見守り、いざという時にはフォローできる体制を整えていたとしてもおかしくは無いだろう」
話を聞きながらコルベールは無表情を保っていたが、内心では密かに舌を巻いていた。
確かにオスマンは自らの使い魔・モートソグニルを彼に託し、感覚同調で一部始終を観察している。更に宝物庫に保管されていた『眠りの鐘』を、学院長特権でコルベールに貸し出してもいたのだから。
「さっきも言ったが、これはあくまでオレの想像に過ぎん。証拠などない話だしな。ただ、礼を言っておきたかったのさ。オレの主を助けてくれた礼を」
2度も礼を言われたコルベールからは無表情という名の仮面が剥がれ、ひどく複雑そうな顔になっている。
自分は罪から逃げた卑怯者だという考えがこれまで彼の脳裏から離れた事は無く、また今回の事もただ生徒たちが心配なのは確かだったが、クロコダインとルイズの力を把握するという目的もあった。
少なくとも、礼を言われるような立場ではない。
「……私はただの臆病者に過ぎません。それより、礼を言わなければならないのはむしろこちらでしょう」
だからコルベールは、心からの感謝を込めてクロコダインに頭を下げた。
「ありがとう。私の生徒たちを守ってくれて」


541 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/25(水) 18:50:35 ID:X8hwNL7v
虚無と獣王
18  幕間  『手紙』

ルイズには2人の姉がいる。
上の姉、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。
王立魔法研究所に籍を置く彼女はルイズにとって頭の上がらない人物の1人であり、正直な所苦手意識が先に立つ人物でもあった。
エレオノールは優れた土系統のメイジで魔法学院在籍時は座学・実技共にトップの座を譲らなかった才媛だが、ヴァリエールの家系の例に洩れず性格がキツい。
魔法がどうしても失敗してしまうルイズにとって、幼い頃から指導して貰っていたこの姉に逆らうのは困難であった。
下の姉、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。
彼女は生来病弱な体質だったがその性格は穏和で、ルイズにとって数少ない理解者の1人であり実際のところ心から敬愛していた。
カトレアは生まれてからずっとヴァリエールの敷地の外に出た事は無く、当然の事ながら魔法学院にも入学してはいない。
故にルイズは、この姉の為に定期的に手紙を書いていた。
手紙を読む事で、少しでも元気になってくれればいいと思ったからだ。
1年生の時、学院はルイズにとって居心地の良い場所ではなかったが、それがどうしたと言わんばかりに手紙には楽しい事を書いて送った。
2年生になってから、学院はルイズにとって居心地の悪くない場所になった。使い魔召喚の儀式から怪盗フーケの捕縛までは半月も立っていないが、その間には色んな事があり、ルイズの評価も変わっていく。
特にフーケの一件以降、魔法が成功しないという事実は変わりないのに学院生徒の中で彼女は『なかなかやる』という意見が増えつつあった。
教師も怯んだ捜索隊に真っ先に立候補した事、そしてシュヴァリエの申請を辞退した事が他の捜索隊メンバーから漏れたのがその一因だ。
貴族として生まれ育った彼らに『貴族としての在り方』を考えさせるきっかけとなった、と後にある教師が手記に記している。
そんな事もあり、ルイズは手紙に書く出来事には苦労しなくなった。
『フリッグの舞踏会』の翌日、二日酔いの頭を抱えながらも、ペンを走らせるルイズの顔には笑みが浮かんでいる。
使い魔の召喚が上手く行ったのは既に報告済みで、今書いているのは対フーケ戦の事だ。自分よりも使い魔の活躍の方を多く書いているのはご愛嬌といったところか。
宝物庫でオスマンやコルベールに言われた事までを余すところなく書き上げ、ルイズは満足げに伸びをした。
この手紙が家族や一部の学院関係者にどんな影響を与える事になるか、彼女はまだ知らない。


542 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/25(水) 18:53:35 ID:X8hwNL7v
ルイズからの手紙が届いた日、カトレアが体調を崩して床に伏したと聞いたヴァリエール侯爵の妻カリーヌは娘の部屋へと赴いた。
規律や規則を重んじ自分にも他者にも厳しい彼女であったが、それは決して理不尽なものではなく、畏れられてはいても恨まれはしていない。
そして厳しさの裏には確かな愛情が存在している事は、娘を心配して足を速める彼女を見れば明らかだった。
使用人を下がらせ、小さなノックの後ゆっくりとドアを開けると部屋の中にいた動物たちが一斉にこちらを見る。
「母様」
ベッドの上で半身を起こしたカトレアがおっとりと微笑んだ。
「寝ていなくても大丈夫なのですか」
動物たちを避けながら歩み寄るカリーヌに、笑みを浮かべたままカトレアは言う。
「ごめんなさい。体調は悪くないのです」
カリーヌは怪訝な顔をした。意味もなくこんな事を言う娘ではない。しかし、自分の体調を偽ってまで母親を部屋へ呼ぶ理由が判らない。
そんな思いを知ってか知らずか、カトレアは手に持っていた一通の手紙を差し出した。
「これは……ルイズの字ですね」
カリーヌが末娘の手紙を最後に見たのは10ヶ月ほど前になる。
入学当初、家族全員にそれぞれ一通ずつ手紙を出していたルイズに『手紙は無用。その分勉学に励みなさい』と返事を出したのはカリーヌであった。
夫は何か言いたげな顔だったが、何も言わなかったので問題はないと判断した。あったとしても聞くつもりはないが。
結果としてカトレアだけがルイズの手紙を読む事となった訳だが、流石にこれをやめろと言うつもりはなかった。
ルイズは随分カトレアに懐いていたし、カトレアも外に出る事が出来ないだけにルイズの手紙を楽しみにしていたのは承知していたからだ。
さておき、中を読むよう促された彼女は分厚い封筒を手に取る。
短編小説ほどもある便箋を読み進めていくカリーヌだったが内容が進むにつれ表情は引き締まり、終盤においては背に冷たい汗がつたっていた。
そうして最後まで読み終えたところで、彼女は長い長い溜息をつく。
実際の所、かつて魔法衛視隊の長を務めていた者として、国内随一の大貴族の一員として、そして1人の母親として、末娘に対して言わなければならない事が山の様にあった。
誇りと名誉を重んじるのは良いが、トライアングルクラスのメイジを敵に回すなど無謀の極みである。余り心配を掛けさせないで欲しいものだ。
近いうちに、使い魔と共に帰省させましょう。
固く誓ったところでこちらの様子を窺っていたカトレアに気付く。ふと、カリーヌは自分より先にこの手紙を読み終えたこの娘の感想が聞きたくなった。
問われたカトレアはころころと笑って答える。
「わくわくしましたわ、まるで冒険小説を読んでいるみたいで」
そういう問題ではない、とカリーヌは思ったが、同時にこの娘らしい、とも思った。
外の世界を知らないせいか大人しい印象を持たれがちなカトレアだが、洞察力は非常に高く他人が口にしていない事をあっさりと見抜いてしまうところがある。
今の発言にしても、もちろん思ったのは本当なのだろうが、手紙を読んだ事で気苦労の増えた母の気持ちを和らげるつもりもあったのではないだろうか。
「ひょっとしたら、あの子が一番母様に似ているのかもしれませんね」
カリーヌは即座に考えを改めた。やはりただの天然かもしれないと。
しかし公爵夫人も若い頃は『規律に従わない者は始祖でもシメる』とまで言わしめた豪の者であった。
竜の群れを纏めて薙ぎ倒すわ、反乱を1人で制圧するわと大暴れする度に周りの人間は心配しまくっていたのだから、カトレアの指摘はあながち間違いでもない。
ちなみに『始祖でもシメる』発言の主は当時の国王であり、それを聞いた側近たちは揃って頷いたという。

545 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/25(水) 18:56:15 ID:X8hwNL7v
トリステイン王国の首都、トリスタニア。
その片隅に一軒の定食屋がある。異国訛りの強い男が主人で、愛相はないが出す料理はすこぶる美味く価格も安いのでそれなりに繁盛している。
利用客は当然平民たちだが、酔っ払って暴れたりする事は無い。以前、酔漢同士のケンカが刃傷沙汰になりかけた時、件の亭主があっという間にその2人を叩きのめしたのだ。
その時の亭主は素晴らしく容赦がなかったので居合わせた客は震えあがり、以来この店で深酔いする者はいなくなった。
暫くの間あそこの親父は傭兵上がりだ等という噂がまことしやかに流れたが、それでも不思議な事に客足が途切れる事は無かった。
この都に店を出して30年程が過ぎ、最近では孫も生まれたが味も愛相が無いのも変わらない。なんにせよタニアっ子たちに受け入れられ、常連のいる店なのである。
だがその常連たちの中に、平民ではなく大貴族や国の重鎮が紛れ込んでいる事は知られていない。

カトレア宛ての手紙が届いた日の夕刻。
年の頃は40から50代と思われる、がっしりとした体格の男が件の店に入った。気軽に挨拶する顔見知りに手を振って答え、奥まった席へ歩を進める。
そこには既に先客がいた。こちらも似たような年の、やや白くなった金髪に口髭の持ち主だ。
「なんだ、遅かったじゃないか」
「ぬかせ、さっさと楽隠居決めやがったてめぇと違ってこっちはまだ現役だぞ。そうそう早く来れるかってんだ」
伝法な口調で憎まれ口を叩きながら、しかしその眼は笑っていた。
実はこの2人、歴とした貴族である。
後から店に来たのはグラモン伯爵。先祖代々武門の出であり、当主である彼も元帥号を持つトリステインを代表する武人だ。
先に待っていたのはヴァリエール公爵。その始祖は王の血を引いており、冷静な戦略眼と威厳をもつ国内随一の大貴族だ。
少なくともこんな平民向けの定食屋にいるような身分の持ち主ではない。
ないのだが、彼らはまだ若い時分からこの店を愛用していた。当然正体は伏せたままである。
流石に若い頃の様に通いつめてはいないが、城に上がっている時はなんとか時間を捻り出してここで舌鼓を打つのが彼らの密かな楽しみなのであった。
「なんでえ、『鳥』はまだ来てねえのかい」
グラモン伯爵がべらんめえ口調なのは演技ではない。美女相手には歯が浮くような美辞麗句を並べ、王族には完璧な礼節をもって接する男だが、気心の知れた相手にはいつもこんな調子だ。
「あいつは今ゲルマニアだ、『嬢』と一緒にな。というかそれ位は把握していろよ」
ヴァリエール公爵は、伯爵に比べればまだ砕けていない語り口である。もっとも、普段の彼を知る人間が聞けば驚くに違いない口調ではあるのだが。
「ああそうか。じゃあ『鳥』の奴、とうとう本腰を入れてきやがった訳だな」
「そういう事だ。『隣』も時間の問題らしいしな。『掃除』をするタイミングとしては悪くないだろう」
豆と臓物の煮込みとワインを注文しながら2人が話しているのは、この国を支えているといっても過言ではない事実上の宰相とその政策についてである。

マザリーニ枢機卿。
ロマリア出身である彼はトリステイン王が崩御して以降、次期教皇と目されていながらもこの国を離れず常に政治の舞台に居続けた。
その為トリステイン乗っ取りを企んでいるなどという噂が流れ、実際民衆にも貴族にも嫌われている。
とくにヴァリエール公爵との仲は最悪で、公は枢機卿の事を『鳥の骨』と呼んで憚らないのは国内だけでなく他国にも知れ渡っていた。
そうなるように、公爵と枢機卿の2人が率先して流言飛語を撒いたのである。
トリステイン生まれではない宰相と王位継承権を持つ大貴族の仲が良いなど百害あって一利なし、いらぬ勘繰りを受ける位ならいっそ険悪な方がまし、というのが彼らの考えだった。
その実、裏では昔からこの店で一緒に飲み食いし、若い頃にははしごした先で馬鹿騒ぎを起こしていたのだから世話は無い。
その『鳥』は、現在隣国との軍事同盟締結の為奔走していた。更にその裏で宮廷内の膿を?き出す為の策を巡らし始めてもいる。


546 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/25(水) 18:59:07 ID:X8hwNL7v
「まあここまで来て固い話をしても仕方ない。もっと楽しい話題があるんだが」
「どうせ女房のノロケか娘の自慢だろうがよ、てめぇの楽しい話とやらは」
付き合いの長い伯爵はうんざりとした表情を浮かべる。毎回この手の話を聞かされて、毎回同意を強要されて、しかも毎回長話になるのが常なのだった。
ホントにお前トリステインを代表する大貴族なのかよ、と思った回数はこの店にいる常連たちの指全てを使ってもまだ足りない。
もっとも、その彼にしても忙しく料理を運んでいる下働きの娘の尻を撫でようとして反撃を受ける姿はとても一国の元帥には見えなかったが。
「不愉快だな。一体いつ私がノロケや自慢をしたというのだ。ただ事実を述べているだけだぞ」
「それを世間一般じゃノロケとか自慢ってんだ」
いつもの会話をいつものように繰り広げながらワインを飲む。
「まあ何と言われようと今日は末娘の話をするんだがな」
普段は大貴族としての威厳に満ち溢れているその顔が、今は娘を自慢したくて仕方がない父親のそれになっていた。
「ああ、そういやうちの倅たちと一緒に『土くれ』をとっ捕まえたみてえだな。先生からシュヴァリエ申請が来てたぜ」
「何故お前が私より先に言うんだ! あと『私のルイズが』お前の息子たちと一緒に捕らえたんだ、順番を間違えるんじゃない」
伯爵のうんざり顔がよりひどくなった。心の底からどうでもいいと思っているのだが、口に出すと面倒くさい事になるのであえて言わない。
口にしたのは別の事である。
「まあシュヴァリエにはなれねえけどな」
「どういう事だっ!」
凄まじく不機嫌そうに怒鳴るヴァリエール公爵に、グラモン伯爵は呆れたように説明した。
「こないだシュヴァリエ授与の条件変わっただろ、従軍経験必須って」
そういえば、と公爵は若干冷静さを取り戻し、しかしその提案をしたのが誰かを思い出してまた不機嫌になる。
「全く必要もない事を無駄に提案したものじゃないか、あの『鳥』めが。これだからロマリアの人間は駄目だと言うのだ」
「お前も『このままでは貴族や軍人たちからの要らぬ嫉妬を煽る事になる。不穏な時期だし、あいつにしてはいい提案だ』とか言ってたじゃねぇかよ」
伯爵の鋭いツッコミを公爵はあっさりとスルーした。これもまたいつもの事である。
「功績を立てた者に褒章を与えるのは当然だろう。学生の身分でありながら一人前のメイジが何度も出し抜かれた怪盗を見事に捕らえたのだ、騎士叙勲して何が悪い」
そのメンツの中に娘がいなかったら絶対ンな事言わなかっただろてめえ、と喉までそんな台詞が出掛かる伯爵であったが、なんとかモツの煮込みと共に飲み込んだ。
「とりあえずお前の口から褒めてやればいいだろ、シュヴァリエは無理だが精霊勲章は出るだろうしな」
そんな提案を公爵は一蹴する。
「いや、褒める訳にはいかん。実力もないのに無謀な作戦に立候補するなど以ての外だぞ、追随してくれる者がいなければどんな事になっていたか! 公爵家の一員としての自覚が足りんわ」
力説するヴァリエール公爵であったが、伯爵の「本音は?」との問いにたちまち相好を崩して答えた。
「流石は私とカリーヌの子だ! 貴族たる者、敵に背を見せるなど言語道断! よくやったとしか言いようがあるまい」
「てめえはその辺り本気で素直じゃねえよなあ……。厳しく躾けたいのは分かるが、褒めて伸ばすってやり方だってあるだろうによ」
「順位は低いと言えど、仮にも王位継承権を持って生まれて来た身にそんな甘い事でどうする。これでも妻からは『厳しさが足りない』と言われている位だ」
グラモン伯爵は若干蒼ざめながら言った。
「あの女房の納得のいく『厳しさ』ってのは、あんま想像したくねえなあ……」
「それは常々私も思ってる所だ」
ヴァリエール公爵の顔も、また蒼ざめていた。


548 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/25(水) 19:03:19 ID:X8hwNL7v
「まあなんだ、娘ばっかりなのも大変だな。うちはその点助かってるがよ」
グラモン伯爵の子供は4人全員が男児である。
「馬鹿言うな、この世に娘くらい可愛い物は他に無いぞ? そんな真理を見つけられないお前に哀れさすら覚える今日この頃だ」
公爵の言葉を伯爵はあっさりスルーしたが、そんな彼らの元へ見当違いな同意を示す者がやってきた。
「そうじゃよなあ、いいよなあ娘! 若くて綺麗で尻とか撫でても怒らなければなお良し!」
現れたのはすっかり白くなった長髪と白髯の持ち主である。テーブルの2人はそんな闖入者に対し親しげに声を掛けた。
「娘の意味が違います。あと私の娘たちをそんな目で見たらトリスタニア中を引きずりまわした上で首を晒すのでそのおつもりで」
「よう先生、久し振りだなあ! ほんと相変わらずだけど年と役職考えてちょっとは自重しろよ?」
トリステイン魔法学院の学院長にしてかつての教え子たちにこの店を教えた張本人、オールド・オスマンはあからさまに傷ついた表情を見せた。
「最近は若い者だけじゃなくこんな親父たちまで老人を敬おうとせんのう……。まったく教育に携わる連中は何を教えておるのか」
齢100とも300とも言われる碩学が体をクネらせながら自分の事はサハラまで吹っ飛ばすような愚痴を零す光景は名状しがたいモノがある、と親父呼ばわりされた2人は思う。
まあそれでも一応は恩師であり、今は子供が世話になっている身でもあるので賢明にコメントは避け、オスマンの分の酒と料理を追加注文するに留めた。
「しかし珍しいな先生、こっちに来るなんて。最近は『魅惑の妖精亭』に入り浸りだって噂なのに」
ニヤニヤと笑う伯爵に、学院長はしかめっ面をしてみせる。
「否定はせんが、誰じゃそんなウワサ流しとるのは」
「倅からの手紙にそう書いてあったぜ。そもそも否定しないのかよ聖職者」
「教師である前に男じゃしなあ、別に否定する事もなかろ。大体お前だって行ったことあるじゃろあの店」
ニヤけた顔でかつての師弟が軽口を飛ばしあう様は、まさにそこらの酔っ払いのオヤジたちそのものであった。
一応は国の重職についているこの2人を放置しておくのはトリステインにとって害ではないのか、と公爵は思いつつ軌道を修正する事にする。
「それで、私達に何か用があるのではないのですか? 偶然この店ではち合わせた、という訳でもないでしょうに」
やっぱジェシカたんの胸サイコーとか、いや胸よりも尻とフトモモじゃろジェシカたんは、などと盛り上がるエロ師弟は公爵を半目で見つめた。
「これだから女房の尻に敷かれているヤツは駄目だ」「そういえば昔からこの手の会話に水を差すのが得意じゃったのう」
公爵は答えず、視線のみで早く本題に入れと促した。当然視線には色んなモノが込めてある。
具体的に言うと、一番比率が高いのが殺気。
オスマンは視線に押されたのか、真面目な顔をして懐から一通の封書を取り出しヴァリエール公爵に差し出した。
「城で会えたらこいつを渡そうと思ったんじゃが入れ違いになったようでの、どうせここだろうとアタリをつけただけじゃ」
「うおなんだ愛の告白か!? ついにそっちの道に走ったかよ先生! こっち来んな!!」
大袈裟にのけぞる伯爵を一瞥し、しかしオスマンはツッコミを入れる事は無かった。


549 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/25(水) 19:06:51 ID:X8hwNL7v
「そうじゃな、人に見られると恥ずかしいから誰もいない所で読んでくれんか。読み終わったら確実に処分してくれると助かるのう」
公爵は怪訝な顔で封書を受取る。
オールド・オスマンは普段の言動こそアレだが伊達に長生きしている訳ではない。直接話さず手紙にする時点で機密性の高い情報が書いてあるとみたが、その内容までは流石に想像の外だ。
「書いてある内容も基本的に他言無用じゃ、話すのならば公爵家当主として信頼できる人物だけにしておきたまえ」
ここまで念を押されては、慎重の上に慎重を重ねなければならない。下手をすれば国家を左右するような事が記されていると公爵は判断した。
「それはまた随分熱烈な告白ですな。心して読むとしましょう」
ヴァリエール公爵が封書をしまいこむのを確認し、オスマンはシリアス顔をひっこめ笑みを浮かべた。
「これで少し肩の荷が降りたわい。さあ、固い話はここまでにしてあとは心置きなく乳と尻とフトモモの話を……」
そう言いかけた彼の顔が、しかしいきなり蒼くなった。それを見てグラモン伯爵が訝しげにツッコミを入れる。
「どうしたよ先生、付き合ってる女に3股がバレたみたいな顔になってるぜ」
ピシャリ、と片手で顔を覆いつつ、オスマンは呻き声を上げた。
「いや……一番口止めが必要な当事者に事の重要性を伝えるのすっかり忘れとったー……」
「ダメだろそれ」「あれだけ私に念を押しておきながら何をしてるんです」
その後。間髪入れずの駄目出しに落ち込むオスマンを慰めるのに、ボトル2本が必要だった。
それでもまだダウナー傾向の恩師を引きずるようにしてグラモン伯爵は『魅惑の妖精亭』へと足を向け、一方のヴァリエール公爵は自領へ戻る予定を早める事にする。
ただでさえ策謀の蠢くこの土地でこんな手紙を読む気にはなれない。
幸い王都での所要は概ね済ませていたので、移動手段を馬車から竜籠へと変更すべく公は城へと戻るのだった。

550 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/02/25(水) 19:09:19 ID:X8hwNL7v
翌朝、慣れ親しんだ屋敷へ戻った公爵を待っていたのはルイズからの手紙を携えた妻であった。
「……召喚した使い魔のルーンが『神の盾』のものと一致しただと!?」
末娘が無事に使い魔召喚の儀式を成功させたのは知っていたが、どんなモノを召喚したか把握してはいなかった。
ルイズからの手紙によれば、その使い魔は身の丈3メイルの鰐頭の亜人で人語を解する武人であるという。
使い魔なのに武人というところが既に常識外なのだが、手紙の内容を纏めると更に常識からかけ離れていった。
その性格は豪胆でありながら気配りにも長け、貴族・平民・使い魔を問わず周囲からの人望は厚く、大きな戦斧を巧みに使いこなす近接戦闘の達人で、なおかつ30メイルの土ゴーレムを倒す実力を持ち、おまけに伝説の使い魔のルーンを持っていると言うのである。
非常識にも程がある、と思わざるを得ない。
よく『メイジの実力を知りたくばその使い魔を見よ』などと言うが、スクエアメイジでもこんな使い魔は召喚できないだろう。
娘にとってこの上ない『当たり』の使い魔ではあるが、魔法が碌に使えない彼女が召喚できる様な存在でも無い。
では何故、ルイズはこのクロコダインと名乗る戦士を召喚する事が出来たのであろうか。
疑問の回答は、オールド・オスマンからの手紙の中に記されていた。
虚無の担い手。
6000年もの間、使う者が無かったとされる伝説の系統こそがルイズの属性であると。
ルイズの入学時に依頼された『魔法が失敗する理由の解明』、あくまで仮説であり現時点では実証も不可能としながらも、しかしオールド・オスマンはある程度の確信を持ってその答えを導き出していた。
ルイズの『失敗魔法』が再現できない点、公爵家が始祖の血に連なっている事実、余りに『異質』な使い魔を召喚した事、その使い魔が語ったルーンの効果。
確かに状況証拠は揃っている。
しかしオスマンは、そしてヴァリエール公爵とその妻カリーヌはとても喜ぶ気にはなれなかった。
大きすぎる力は時として不幸を呼ぶ。その事を彼らは知っていたのだ。
幸いと言うべきか、ルイズは自分が虚無の担い手であるとは気付いていない様だった。こんな手紙を送ってきている事からもそれは判る。
オスマンが口止めを忘れたという人物もルイズの事とみて間違いないだろう。
問題はこの後どんな方針を取るかである。
公としては今すぐにでも娘を屋敷に呼び戻しずっと外に出さないようにしたい気分であった。
先王が生きている頃ならまだしも、現在のトリステインにおいて虚無の存在を明かすのは火薬庫にフレイム・ボールを投げ込むのとなんら変わりない事だと彼は判断している。
妻とも話し合った結果、近いうちに使い魔込みで帰省させた上で直に事の重要性を教え込むという事とあいなった。
今頃はオスマンから口止めをされているだろうが念には念を、という訳だ。
後は件の使い魔を検分する為に王立魔法研究所から長女エレオノールを呼び寄せておく必要もある。研究で忙しいだろうがそこは何とかしてもらおう。
カトレアにはルイズへの返信に『久し振りに顔が見たいので折を見て帰省して』との一文を入れてもらい、公爵からは都合がつき次第ルイズを家に呼び戻せるようオスマンに段取りを付ける。
大枠であるが方針が決定した後に、ヴァリエール公爵は傍らの妻に1つ提案した。
「諸々の問題はさておくとして、ルイズの魔法が成功したのは喜ばしい事だ。ここは盛大にパーティーでも開いて」
「そんな場合ではないでしょう」
まさに一刀両断である。
エア・カッターより鋭い切り口に精神的にのたうち回りそうになる公爵に、烈風の二つ名を持つ妻は微かな笑みを浮かべて言った。
「どんな立派な祝宴よりも、あの子に必要なのは貴方からの賞賛の言葉です」
勿論わたくしも褒めるべきところは褒めます、と言うカリーヌを公爵は半ば呆然と見つめた。
長い付き合いだがこんな甘い事を彼女が言ったのは片手で足りる数しかない。明日は槍でも降ってくるのではなかろうか。
まるで街中で韻竜にでも出くわしたような顔の夫に、ただし、と妻は付け加える。
「叱るべきところは叱ります」
ヴァリエール公爵は、ああやっぱりいつものカリーヌだと安堵しながら、叱られる立場となった娘の無事を神と始祖にこっそり祈るのだった。


613 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/03/20(金) 10:50:14 ID:19Ze5Uuc
虚無と獣王
19  幕間  『武具』

午後最後の授業が教師の親族に不幸があったとかで中止になった。
夕食まではまだ時間がある。生徒たちは1人で、または仲の良い者と共に思い思いの場所へ散っていく。
そのうちの1人、ギーシュ・ド・グラモンは一旦寮へ戻り動きやすい服に着替えると厩舎へ向かった。
道中すれ違う女生徒たちの歓声に笑顔で答える。フーケ捕縛以降、捜索隊メンバーの評価は非常に高くなっており、以前食堂で騒ぎを起こした時に比べれば正に雲泥の差であった。
「あら、どこに行くの?」
食堂近くのテラスから、そんな彼に声を掛けたのは同級生のモンモランシーだ。
ギーシュの二股が発覚した後に一応仲直りはしたのだが、今回の一件で彼の株が急上昇した結果として他の女子からの人気が再び高まった為、彼女としては気が気でない。
もっとも当のギーシュは浮かれるばかりで、そんなモンモランシーの気持ちには全く気が付いていないのだが。
「ああ、いつもより早いけどクロコダインのところにね」
「抜け駆けで訓練かしら?」
冗談めかして笑うモンモランシーに、ギーシュもまた笑って答えた。
「いい考えだね。僕があと5人もいればそうしてもいいかな」
それでも勝負にならないだろうなあ、とは敢えて口にせずに続ける。
「ちょっと彼の武器に興味があってね、見せて貰おうかと」
モンモランシーは首を傾げた。元来メイジたちは剣や槍などを平民の持つものだと軽視する傾向にある。ギーシュは武門の生まれという事もあって武器にもある程度の有効性を認めてはいたが、それ程関心も抱いてなかった筈だ。
そんな疑問を口にすると、ギーシュは少し真面目な顔になる。
「ここのところワルキューレの強化について考えてるんだ、そこで彼の武器が何かの参考にならないかと思って」
初めてクロコダインと訓練した時に言われた事を、ギーシュは忘れてはいなかった。
意匠に拘っていた部分を武器や体型に割り振る。
必要と思われる機能を強化したワルキューレのバリエーションを模索中のギーシュはフーケ戦においてその成果を発揮していた。
彼女を拘束したワルキューレは、ノーマルのそれに比べると鎧は簡略化されており顔ものっぺらぼうに近く、武器も持たせていない。
その代わり通常の倍近くの速さで練成が可能となった。スピード勝負のあの場面においては最適の判断だったと言えるだろう。
図らずも有効性が実戦で証明できたので、次のステップとして武器の種類を増やすつもりなのだが、いかんせんこれまで興味が無かった分野だ。
先ずは色んな武器を観察してそれを模倣しようというのが当面の目標であった。
「ふぅん、結構考えてるのね」
いたく感心するモンモランシーにギーシュは鼻高々である。もともとおだてには弱い性質だ。
故に一緒に行ってもいいかという彼女の提案に一も二もなく同意した。当然の事ながら他の女子との接触を防ぐというモンモランシーの目的など知る由もない。


614 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/03/20(金) 10:53:09 ID:19Ze5Uuc
そんな2人が厩舎へ辿り着くと、ルイズとクロコダインがなにやら難しい顔で考え込んでいた。
「どうしたんだい、そんな顔をして……おや、それは『伝説の剣』じゃないか?」
クロコダインの手には一本の錆びついた剣が握られており、ギーシュは先の戦いで、モンモランシーは宝物庫の見学の時間にそれを見た記憶があった。
「おう、丁度良かった。今お前の話をしていたところでな」
「あまり期待しない方がいいわよ、クロコダイン。てゆーかアンタがさっさと思い出しなさいよボロ剣!」
「だから俺っちの名はデルフリンガーって言ってるじゃねぇか娘っ子!」
ギーシュは1人と1本の口論には敢えて触れず、クロコダインに尋ねる。
「僕の話をしていたとは光栄だね、でも丁度良かったという事は何か用があったのかな」
「おう、確か土の魔法が得手だっただろう? 少しこの剣について聞きたい事があってな。まあオレが語るより触って貰った方が早いか」
クロコダインはルイズに付き合って授業に参加している事が多い。系統魔法の種類とそれぞれ得意とする分野くらいは把握していた。
土のメイジならば金属の種類や土壌の特性などに優れた分析力を発揮する。以前フーケのドームに閉じ込められた時も、ギーシュは鉄製である事とその厚みをすぐに言い当てていた。
武器を見たかったギーシュにとっては渡りに船の依頼である。まだ口論を続けている剣の刀身に触れて意識を集中させた。
「え? なんだこれ!?」
奇妙な声を上げて、ギーシュは一旦離した手を再びデルフリンガーに当てた。今度は柄から切っ先に向けてゆっくりと撫でる。
「なに? おかしなところでもあるの?」
微妙にルイズを警戒していたモンモランシーだったが、興味が湧いたのかギーシュの顔を覗き込む。その眼の前に彼の白い手が突き出された。
「ああ、おかしいね。確かに錆びている筈なのに、触れた指には全く錆が付かないんだから」
「あ!」
気が付いたモンモランシーは注意深くギーシュの指を見るが、赤茶色の錆びはどこにも付着していない。
「ちなみに濡れた布で擦っても全然錆びは取れなかったわ」
更にルイズが傍らの桶に掛かっていた白い布を指して補足した。ギーシュは一礼すると難しい顔のまま分析の結果を話す。
「材質は多分鉄だと思うんだけど……ちょっとはっきりしないな。『固定化』に類似した魔法が掛かっているのか、いや、土系の魔法じゃないのか?」
『固定化』が掛けてあるなら刀身は錆びない。錆びた剣をわざわざ『固定化』するメイジはいない。
だが現にこの剣は錆びついていて、その錆びは何故か取る事が出来ないのだった。
「ごめん、僕じゃ正直お手上げだよ。詳しく解析するなら少なくともトライアングル以上の土メイジが必要だと思う」
デルフリンガーを厩舎の壁に立て掛けて降参のポーズを取るギーシュに、あれ、という表情でモンモランシーが疑問を口にする。
「その剣って確かオールド・オスマンの私有物よね? だったら学院長に聞けばいいんじゃないの?」
土のスクエアなんだからすぐ判るでしょ、と言う彼女にルイズは溜息をつきながら答えた。
「賭けチェスで武器商人から巻き上げただけで、碌に見もしないで宝物庫に突っ込んだそうよ。うるさくてかなわんって」
「ダメじゃない」「ダメだなあ」
容赦なく学院の最高責任者に駄目だしをする2人。
オスマンの行動はある意味で生徒たちの自立性を高めていると言えなくもないが、仮にそうだとしても褒められたものではない。
「いや、すまんなあ相棒。どうしてこんな事になってんのか、喉まで出掛かってるんだけどよ」
自称6000年前に作られたとかく忘れっぽいインテリジェンス・ソードの言い分に、その場にいた生徒全員から「どこに喉が!」とツッコミが入った。


615 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/03/20(金) 10:56:32 ID:19Ze5Uuc
考えるな感じろなどと言うインテリジェンス・ソードを無視しつつ、武器を見せて欲しいというギーシュの訴えを快諾したクロコダインは愛用の大戦斧を手渡そうとした。
「いや持てないから! 見せてくれるだけでいいから!」
クロコダインの身長程もある戦斧である。鍛えていない者には持つのも困難な代物だ。
「随分凝ったデザインなのね、美術品としても通用しそうだわ」
近くで見るのは初めてのモンモランシーが感心したように呟いた。
中央に嵌められた宝玉から渦を巻くようにして斧頭から穂先、そして反対側のピック(というよりは小型の斧)へと流れるデザインは確かに洗練された美しさがある。
「さる名工の逸品でな」
珍しく自慢げに語るクロコダインに、ギーシュは観察を続けながら言った。
「これは単純に斧として使うだけじゃなくて、槍みたいに突いたりも出来るんだね。色んな武器を併せているみたいだ」
斬る、突く、叩き潰す、引っ掛ける。ちょっと考えただけでこれだけの使い道がある。熟練者が扱えば多大な戦果を発揮する事だろう。
(でも、今の僕には難しいな)
ギーシュは若干の悔しさを滲ませつつも、そう結論づけた。
ある程度の自律行動が可能なガーゴイルならまだしも、術者の制御が必要なゴーレムには単純な武器を持たせた方が効率的だと判断したのである。
(まあ今は無理でも、そのうち使いこなせるようになるだろうしね)
基本的に楽天家なギーシュは必要以上に落ち込む事は無く、あっさりと気分を切り替えた。この辺りは一度悩み始めるとどんどん悪い方へ考え込んでしまうルイズとは対照的だと言えるだろう。
(ワルキューレに持たせるなら、柄はそのままで片刃の斧にしよう。いや、素直に槍にするのもアリかな)
そんな事を考えつつ、ギーシュはデルフリンガーの時と同様グレイトアックスに意識を集中させる。
「うええ? なんだこれ!?」
そして本日二度目の奇妙な声を上げる羽目になった。
「なによ突然!」
「ちょっと、大丈夫?」
2人の少女が声を上げるが、ギーシュはまるで気付かない様子でクロコダインに話しかける。
「えーと、見た事もない様な金属を使っている上に真ん中の宝玉から得体の知れない力を感じるこの斧はマジックアイテムか何かでしょうか」
何故か敬語での質問であった。
ルイズとモンモランシーは一瞬自分の耳を疑い、当の使い魔はそういえば話してなかったかと呟いてその能力を端的に説明する。

曰く、何で出来ているか詳しくは知らないがすこぶる頑丈。
曰く、命とも言える魔玉の効果で3種類の魔法を使う事が出来る。要キーワード。

端的にも程がある説明だが、これは己の素性を明かさぬ様に学院長から頼まれているが故の苦肉の策である。
ともあれ聞き終えた3人は互いの顔を見合わせる事になった。眼に映るその顔が呆然としているのを確認し、今の説明が聞き間違いなどでは無い事を実感する。
「どうかしたのか?」
不思議そうな顔をするクロコダインに、半ば呆れたようにギーシュは言った。
「どうかもなにも立派なマジックアイテムじゃないか! びっくりするよ普通」
貴族である彼らにとってマジックアイテム自体はさほど珍しいものでは無い。
杖を振るだけで消灯するランプや電流が流れる拘束具などは身近に存在すると言っても過言ではないだろう。そんな物騒な拘束具が身近にある環境についての是非は取り敢えず置くモノとするが。
しかしこれらの品は1個につき1つの効果しか無いのが普通である。複数の効果を発揮するアイテムは非常に少なく、おいそれと手に入る様な代物では無かった。
隣にいたモンモランシーもギーシュと同様の感想を抱いたらしく何度も頷き、ルイズはと言えば複雑な心境のまま叫び声を上げる。
「すすす凄い武器じゃない流石私の使い魔ねって言うかなんでもっと早く言わないのよでも秘密にしておいた方がああもう私だけに教えなさいよ!」
自分の使い魔を自慢したいのとそういう事は自分が一番に知っておきたかった事とオスマンからガンダールヴのルーンについて口止めされたので秘密のままの方が注目を集めないのではという思いと独占欲が全てダダ漏れで、
傍から聞いていると支離滅裂なのだがクロコダインには伝わったらしく苦笑と共に頭を撫でられた。


617 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/03/20(金) 10:59:04 ID:19Ze5Uuc
「スマン。だが何回か使っていたからな、気付いているものかと」
「え? ウソ!」「覚えがないけど、いつ使っていたんだい?」
ルイズたちがそんな疑問を口にするのは、実は不思議な事では無い。
クロコダインが最初にグレイトアックスに秘められた魔法を発動させたのはフーケが宝物庫を襲った後、鉄製のドームに閉じ込められた時だった。
彼は爆裂系呪文を使う前に耳を塞げと注意していたが、そのうちの何人かはご丁寧に目まで瞑っていたのである。
目を開けていた生徒もいたが、いかんせん照明はキュルケの作った小さな火の玉が3つだけであり、また混乱から抜けきっていなかった為ドームを破壊したのはクロコダインの技だと勘違いしてしまった。
二回目の使用はフーケ捜索時のゴーレム戦である。
しかしこの時ルイズたちは全力でフーケの隠れている場所を見つけ出そうとしていて、クロコダインの戦いをじっくり眺めている余裕などどこにもなかった。
故にゴーレムの鉄腕を吹っ飛ばした爆裂系魔法も、上半身を両断した真空系魔法も目にする事は出来ずにいたのである。
ルイズたちとしては、成程あの時確かに大きな音がしていたなあとか、あの唸れ何とかって言ってたのは気合じゃなくて合言葉だったのねとか色々と思い当たる所はあるのだが、そんなもんあの状況下で気付く訳がないとも思ってしまうのは、まあ無理もない事だった。
「それにしてもフーケはとんでもない相手を敵に回したんだなあ、今だから言えることだけど」
感慨深げに漏らすギーシュにルイズが同意する。
「まあねえ、ただでさえ強いのにそんな凄い武器を持ってるなんて普通思わないもの」
ひたすら感嘆するルイズたちに、クロコダインは少し困惑していた。
確かにグレイトアックスは優れた武器ではあるが、そこまで感心される様な物なのか判断し難いのである。
何せ彼の仲間たちの武器は、電撃以外の魔法を全て防ぐ鎧に変化可能な剣や槍だったり、巨大な移動城砦をも一刀両断にするオリハルコン製の剣だったりと、性能的に突き抜け過ぎていてどうにも自分の武器とは比較が困難だった。
ましてやこの世界でのマジックアイテムの価値についてなど、召喚されて一月も経っていない彼に分かる筈も無い。
そんな訳でクロコダインは主たちに大戦斧の価値がどれ位の物なのか尋ねてみる事にした。
「はっきり言って宝物庫に保管されててもおかしくないわ。もしくはアカデミーで研究対象」
「こういう武器を集めている好事家なら、郊外のちょっとした城が買える位の金額を出しても不思議じゃないわね」
「軍の関係者なら親を質に入れてでも欲しがると思うよ。僕の父親が知ったら『質に入れるから譲ってくれ!』とか言いそうだ。……多分質入れされるのは僕なんだろうけど」
ルイズ、モンモランシー、ギーシュの順に見解を述べた後、彼女たちは口を揃えて結論を出した。
「少なくともそこの『自称伝説の剣』よりは遥かに価値がある!」と。
「うわ聞き捨てならねぇーっ!」
抗議の声を上げたのは、当然の事ながらデルフリンガーだった。
「確かにその斧が凄えのは認めるけどよ、俺っちだって負けてねえよ!」
これまでにない勢いで鎬を鳴らして喰ってかかる剣に、同等の勢いでルイズが反撃する。
「あんたのどこが負けてないってのよ具体的に言ってみなさいこのボロ剣!」
「ボロ剣じゃねえデルフリンガーだって言ってんだろ娘っ子!」
「こんな錆びの浮いた剣なんかボロ剣で充分よただ喋れるだけじゃ珍しくも無いんだから悔しかったら芸の1つも見せてみなさいってのよ!」
1人と1本の言い争いをそろそろ止めようかと考えるクロコダインと、そんな剣と同レベルなのはどうなのかしらと生暖かく見守るモンモランシー、売り言葉に買い言葉とはこういう事かと変な所で感心するギーシュ。
エキサイトする一方のルイズとは対照的な彼らであったが、それも長くは続かなかった。
「おお上等だやってやろうじゃねえか見てろよこんちくしょーっ!」
そんな叫び声と同時に、突如としてデルフリンガーが白く輝き始めたのだ。
ただでさえ『よく分からない』とお墨付きの出たマジックアイテムである。興奮した揚句暴発する可能性もない訳では無い。
クロコダインはすぐさま剣とルイズの間に立ちはだかり、どんな事があっても主を守る態勢を取った。
少し遅れてギーシュが武骨な楯(というよりは板)を持ったワルキューレを2体作り出し、モンモランシーと自分の前に配置する。
「きゃ!」「え!? なに?」
事態についてこれない女子2名の短い悲鳴を背にデルフリンガーを睨むクロコダインだったが、見ているうちにある事に気がついた。
錆びついていた筈の刀身が、ついさっき生み出されたかの様な美しさを取り戻していたのだ。


618 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/03/20(金) 11:02:12 ID:19Ze5Uuc
「おおっ! 思い出したぜ、これが俺の本当の姿って奴だ、よーく拝んどけよ娘っ子!」
そんな大見得を切るデルフリンガーの姿は、確かに言うだけあって見る者を圧倒する様な凄味があった。
警戒を解いたクロコダインは有頂天状態の剣を手に取り、自分の姿を映し出す程に磨き抜かれた刀身を見つめて感心する。
「成程、こうして見ると見事な業物だな」
「いやー、俺を扱うにゃあ詰まらん奴が多すぎてよ、あんまり詰まらねえから錆びた姿になってたの、すっかり忘れてたぜ」
先程の疑問が解けたので、ギーシュはさっぱりとした気持ちで忘れっぽいにも程があるだろうと内心でツッコミを入れた。
先程の疑問が解けたので、モンモランシーは爽快感を覚えつつギーシュにプレゼント予定の新作香水のモチーフは何にしようかと考え始めた。
そして、ルイズは先程の疑問が解けたのに満足し、なおかつ剣が一芸を見せたのに微妙な反発を感じ、しかしそんな態度は貴族としてどうかと反省し、けれどそんな反省を表に出すのはどうにも恥ずかしいので、ふと疑問に思った事をそのまま口にしてみた。
「ねえ、それって何か戦う時に役に立つの?」

その場に居合わせたモンモランシーの使い魔、蛙のロビンは後にフレイムやシルフィードらにこう語っている。
あの質問は身も蓋も情けも容赦もありませんでした、と。

このまま独演会を開きそうな勢いだったデルフリンガーは、痛恨の一撃を喰らった後のスライムよりも静かになった。
さっきまで騒がしかった分、実に気まずい。
ここはひとつフォローした方がいいだろうかと、ルイズは珍しく殊勝な事を考えた。
最初に思いついたのは『マジックアイテムである事を偽装するにはいいかもね』というものだったが、それが戦場で役立つかと言えば答えは否であるし、第一肝心の機能を忘れていてはどうしようもない。
ルイズは更に次の案を考えたが結局何も思いつかなかったので、あっさりとフォローを断念して言った。
「もう! 結局使えないんじゃないの!」

土の中で話を聞いていたギーシュの使い魔、ジャイアント・モールのヴェルダンデは後にフレイムやシルフィードにこう語っている。
あれはまさしく人の姿をした<悪魔>だった。でなければあんなとどめの言葉は出てこないだろう、と。

ストレート過ぎる意見に深く落ち込むデルフリンガーを救ったのはクロコダインだった。
いいよもう役立たずだよどうせよう、等と呟き続ける剣を手に取りひとつ確認する。
「なあ、また刀身を錆びさせたりする事は出来るのか?」
「……ああ、そりゃやり方思い出したから簡単だけど……?」
そうか、と頷いて盾装備のワルキューレを視界の隅に入れつつ、次にクロコダインが話しかけたのはこの場にいる唯一の男子生徒だった。
「ギーシュ、少し協力してくれ」
「え? ああ、何をするんだい」
グレイトアックスに合わせて青銅の斧のデザインを変更しようか、などと考えていたギーシュは突然話を振られたので驚きながらもそう答える。
「試してみたい事があってな。まあ、要は試し斬りだ」
そう言ってクロコダインは笑ってみせた。

619 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/03/20(金) 11:05:08 ID:19Ze5Uuc
盾を構えたワルキューレの姿を、デルフリンガーの刃が映し出している。
彼を右手に握ったクロコダインは足幅を広くして、無造作に青銅の人形を横薙ぎにしてみせた。
鋭い金属音と共に、ワルキューレはその盾ごと両断される。
おおお、と感心するギャラリー。そしてその切れ味に「うおスゲえな俺! 久し振りだぞこんなに切れ味がいいの!」と自分で驚くデルフリンガー。
そんな彼らを後目にクロコダインは剣に一風変わった注文をつけた。
「またさっきの様に錆びを浮かせてみてくれるか」
「え? またかよ? まあいいけど」
再び錆に覆われる刀身を確認し、クロコダインは一体目と同じスタンス、同じ力加減で二体目のワルキューレを斬りつける。
今度は鈍い金属音がして、くの字に折れ曲がった盾と共にワルキューレは5メイル余り後ろへ吹っ飛ばされた。
「成程な、やはり姿が変われば切れ味も変化するのか」
ある程度この結果を予想していたらしい使い魔に、ルイズは疑問を口に乗せる。
「よく斬れた方が便利なんじゃないの?」
「時と場合によるという事だな。手加減したいのによく斬れてしまっては困るだろう?」
その言葉を聞いたギーシュは、地面に転がった2体のワルキューレを眺めて思った。
斬殺から撲殺に変更するのは果たして手加減と言えるのかなあ、と。
尤もそれを口にしたらルイズに爆殺されそうな気がしたので思うだけに留めたが。
「これはこれで立派な能力だ。砥ぐ必要も無くなったし、道具は衛兵に返しておこうか」
よく見れば桶の傍には砥石が置かれている。元々武器の手入れをするつもりだったのが、デルフリンガーの錆びが取れないので悩んでいたのだろう。
そのデルフリンガーは思わぬ所で褒められて、しかし手加減前提で使われるのは想定外だったらしく何やら複雑そうではあった。
「手加減って……何か戦う予定でもあるんですか?」
ルイズやギーシュ程には親しくないモンモランシーが戸惑いがちに尋ねると、クロコダインは腰に下げた『魔法の筒』を軽く叩いて答えた。
「明日にでもこの中のワイバーンとやらを開放しようと思ってな。ひょっとしたら戦いになるかも知れん」

そろそろ日の落ちそうな学院の一角に、驚きの声が3つ上がった。



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