美容 求人 医師 求人 萌通新聞 ダイの大冒険のキャラがルイズに召喚されました 虚無と獣王(第二十話?第二十五話)
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ダイの大冒険のキャラがルイズに召喚されました 虚無と獣王(第二十話?第二十五話)

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58 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/09(土) 20:50:14 ID:igBv9zOb
虚無と獣王
21  虚無と疾風

ゼロのルイズは夢を見ている。
幼い頃、魔法の上手く使えなかった自分が『秘密の場所』と呼んでいた中庭の池で泣いている夢だ。
学院に入学する前から幾度となく見てきた夢なので、この後どうなるのかもわかる。
小さな自分に優しくしてくれた年上の子爵が慰めに来てくれるのだ。
しかし、今回の夢は些か様子が違っていた。
いつもなら晩餐会に誘ってくれる筈の子爵は一向に現れず、そのかわり何故か自分の使い魔が現れて自分を肩車してくれるのだ。
何時も見ている景色よりも遥かに高い視点に驚きながらも喜ぶ6歳の自分。
ここはヴァリエールの屋敷の筈なのに、いつの間にか周囲には自分と同い年くらいの姿になったキュルケやタバサ、ギーシュたちがいて、ルイズを羨ましがったりからかったりしている。
(えーと、なにこれ?)
そんな光景を、上から今の自分が眺めていた。
やがて下の姉がやっぱり6歳位のシエスタと一緒にやってきて、皆に優しく微笑みながらお茶とお菓子を振る舞い始める。
わいわいと騒ぎながらお菓子を取り合う少年たち。
タバサはやっぱり本を読んでいて、それでも誰よりお菓子を食べている。
(おかしいなあ、わたし何でこんな夢を見てるのかしら)
ふと、ルイズは一緒にいた筈のクロコダインが少し離れた場所にいて、子供たちを眺めているのに気が付いた。
その眼はひどく優しくて、けれどどこか寂しげだという事にも。
(どうしたの? どうしてそんな眼をしているの?)
夢を見ているルイズは何故かその場を動けず、幼い自分は大好きな姉と仲間たちに囲まれてクロコダインに気付かない。
やがてクロコダインは彼女たちに背を向けて、その場から遠ざかって行った。
(どこへ行くの? なんでわたしたちに何も言ってくれないの!?)
ルイズの声は届かない。
クロコダインの行く先には、荒れ果てた太陽の無い土地と地獄の様な業火が見えた。
(クロコダイン! そっちは危ないわ!)

「行っちゃだめだったら!!」
目が覚めた。


60 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/09(土) 20:53:16 ID:igBv9zOb
土くれのフーケは夢を見ない。
眠っていないのだから当たり前だ。
彼女が今いるのは、トリスタニアの一角にあるチェルノボーグの監獄である。
(全く気に入らないね)
フーケは大層機嫌が悪かった。
杖を取り上げられ、鉄格子や壁には厳重な魔法障壁、地下にいるせいで今が朝なのか夜なのかもわからない。
食事は不味くは無かったが、脱獄予防の為か食器の類は全て木製であった。
捕まってすぐに死罪になってもおかしくない程度には盗みを働いているにも拘らず、裁判は来週以降だと言う。
それらの事を差し置いて、何より気に入らないのは。
「何だってアンタがここにいるんだい!」
フーケは木の机の上にいる、嫌と言うほど見覚えのあるネズミに話しかけた。
「いやあ、何か不自由はないかなと思っての」
ネズミの首にかけられた小指の爪ほどの水晶球から聞こえるのはかつての雇い主の声だ。
「地下牢暮らしの人間に不自由を問うわけ?」
フーケの口調が刺々しくなるのも無理はない、ふざけた問いだった。
「そうツンケンするものではないぞ。ほんの少し前までは学院長と秘書の間柄だったんじゃから」
「それで? 上司である事を笠に着て散々セクハラ三昧だった爺を尊敬しろとでも?」
「何なら愛の告白をして貰っても構わんがの」
「ハハハ地獄へ堕ちてしまえ」
なんとも心温まる会話の後、フーケは溜息をつく。この男に皮肉や悪態は通じない事は、秘書時代に身を持って学んでいた。
「それで一体あたしに何の様だい」
「なに、ちと聞きたいことがあっての」
水晶球から聞こえる声が、ほんの少しだが真剣味を帯びる。
「レコン・キスタ、という組織を知っておるかね」
「……聞いたことがないね、なんなんだいそいつらは」
首を傾げる怪盗の言葉に嘘はないと判断したのか、オスマンは素直に解説した。
「国を超えて連帯した反国家的な貴族たちの集団、だそうじゃ」
1呼吸おいて、更に続ける。
「今アルビオン王家を滅亡寸前まで追い込んでいる連中、と言った方が分かり易いかの?」
フーケの目つきがより一層険しくなった。
(このジジイ……こっちの素性を知ってんじゃないだろうね)
裏の世界に生きる者としてアルビオンが長く持たない事は知っていたし、その王家に複雑な感情を抱いているのも又事実だ。
しかし、そんな事情を知っている人間はごく少数の筈なのである。
「で、そのレコン・キスタとやらと、明日にも縛り首になろうかって哀れな女に何の関係がある?」
「情けない話じゃが、そ奴らは我が国にも少なくない数のシンパがいる様でな。のっぴきならない状態じゃといえる」
フーケは突然嫌な予感がしたので目の前のネズミを物理的に黙らせようとしたが、残念ながら相手の方が一瞬早かった。
「そこでお主には何とかしてレコンキスタに潜り込み、内部の情報をこちらに教えて欲しいと思っておる。無論報酬は弾むし、この国における盗みに関しては不問としよう」
ふざけんな、と怒鳴りつけようとしたフーケだったが、結果としてその言葉は彼女の口から出ないままとなる。
何者が階段を降りてくる気配がしたからだ。フーケが気配を感じるのとほぼ同時にモートソグニルが素早くその身を隠す。
やがて独居房の鉄格子の前に現れたのは、黒のマントにその身を隠した白仮面の男だった。

61 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/09(土) 20:56:23 ID:igBv9zOb
「『土くれ』だな」
その声は奇妙にくぐもっている。おそらくは風魔法で正体を悟られない様にしているのだろう。
(……なにこの不審者)
そんな第一印象はおくびにも出さず、フーケは適当に返事をしながら相手を油断なく観察した。
どう考えても真っ当な訪問者では無い。散々コケにしてきた貴族どもが放った刺客なのか。
だとしたら杖の無い今の状態では危険だ。デバガメネズミが当てになるとも思えない。
だが、そんな思いが実は杞憂だと言う事はすぐにわかった。
男は敵意がない事をアピールしつつ、自分につい先刻話題になったばかりの組織、レコン・キスタへの参加を持ち掛けてきたのだ。
フーケの本名をバラす事で退路を塞ぐおまけ付きで、である。
参加するか、死を選ぶかという2択問題だ。自殺願望などないフーケは当然参加せざるをえない。もっとも、先にオスマンから話を聞いていたので組織の存在自体は驚いていなかったのだが。
正直なところ、余りにタイミングが良いのでオスマンの自作自演の可能性すら考えているフーケである。
男は牢の鍵を開けると、後は自分で何とかしろとばかりに踵を返し、合流場所を教えて去っていった。

姿が見えなくなるのを確認した後、ベッドの上に姿を現したモートソグニルから興奮した声が聞こえた。
「のう、なんじゃなんじゃあの仮面! 今の都ではああいうのが流行り!? じゃあ今度からあんな仮面付けたら若いオネーチャンにモテモテ? モテモテなの!?」
「確実に捕まると思われます」
つい秘書時代の口調でツッコミをいれてしまうフーケである。
「まあ冗談はさておくとして、どうするつもりかね?」
絶対マジだったろこのジジイ、という感想を無理やり飲み込む。
真面目な話、レコン・キスタに参加するしかない状況だ。何せ自分の命が掛かっている。
問題はオスマンの誘いに乗って二重間諜をするかどうかなのだ。
相手は知る者が無い筈の自分の本名を把握していた。どこまで情報を握られているのか分らないが、少なくとも油断のならない連中なのは確かである。
プロでもない自分が上手く立ち回れるか甚だ怪しい。
しかし、腹の立つことにあの仮面の男は報酬等の話は一切しなかった。
レコン・キスタの考えに同調などしていない以上、自分の立場は傭兵と変わらない筈なのに、命を助けてやるから只働きしろと言ってる様なものである。
(このジジイの思惑に乗るのは業腹だけど、背に腹はかえられない、か……)
実を言えば故郷には妹分と孤児たちが待っていた。仕送り停止は遠からず彼女たちの死に繋がってしまう。
「……で? 報酬はどれくらい出せるんだい。こちとら命がけなんでね、はした金じゃ動かないよ」
実際には少額でも動かなければ只働きなのだが、そこは言わない約束である。
「ワシが一体どれだけ学院長をやっとると思う? その報酬額についてはお主もよく知っとるじゃろうに」
確かに秘書をやっていた時、王宮から支払われる学院長の年金を見て目を剥いた覚えがあった。
それを少なくとも数十年続け、しかも普段は学院に住んでいるので生活費は安上がり、なおかつ意外な事に浪費癖は無いオスマンである。
ポケットマネーがどれだけあるか、正直想像もつかない。
安心したフーケは、心置きなくボッタクる事に決めたのだった。


63 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/09(土) 20:59:15 ID:igBv9zOb
翌朝、ルイズの部屋を訪れたシエスタは驚いた。
なんと普段は確実に夢の中にいる筈の部屋の主がもう起きていたのである。
「ど、どうしたんですかルイズ様!? どこか具合の悪い所でも!?」
メイドとしてはかなり大概な態度ではある。
「あ、シエスタ、おはよう……。大丈夫、ちょっと夢見が悪かっただけよ」
眠たそうにそう答えるルイズを見て、シエスタは不安になった。いつもならここで何かしらのツッコミが入る筈なのだ。
「本当に大丈夫ですか? あまりご無理はなさらない方が……」
ここ最近のルイズは少し張り切り過ぎているとシエスタは思う。ついこの間フーケを捕まえに行ったと思ったら、昨日は使い魔がワイバーンと一戦交えるのに同席していたそうだ。
それでいて毎日の予習復習に何やら難しい調べ物もしているらしい。体調を崩してもおかしくはない。
「大丈夫だってば。心配性ね」
そう笑うルイズの顔は、やはり元気がないように思えた。

実際にはルイズの体調は別段何も問題はない。シエスタに語ったように、単に夢見が悪かっただけだ。
深夜に目が覚めてしまって、その後さっぱり眠れなかった訳で。
(もう、なんなのよあの夢……)
そこまで自分はクロコダインに依存していたのか、本当は元の世界になど還したくないのではないか、夢の中とはいえ何でクロコダインはこっちの言う事を聞かないのか、それって不敬じゃないの、とまあそんな事を延々と夜中に考えていればアンニュイにもなろう。
「おはよう、ルイズ」
「お、おはよう」
寮を出た所で当のクロコダインとおちあうが、意地っ張りなこの少女は昨日見た夢の話など出来る筈もなかった。
相手が心配するのは先刻のシエスタを見ても明らかだ。
「……?」
どこかぎこちなさを覚えるルイズの言動に訝しさを感じるクロコダインだった。


64 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/09(土) 21:02:52 ID:igBv9zOb
朝一番の授業はミスタ・ギトーが担当していた。
学院教師の中では一番若い男である。この年で学院の教師になるのだからかなりの実力者なのだが、その性格とどことなく不気味な外見から生徒からの人気は低い。
しんと静まり返った教室で、『疾風』の2つ名をもつ男は満足そうな顔をした。
そして系統魔法の中で何が一番強いのか、という問いを投げかける。
虚無だと思います、という答えにギトーは伝説の話では無いと不機嫌そうに返した。
ルイズは思う。この発言を教会関係者に漏らしたら確実に異端扱いね、と。
その一方で答えた生徒、『微熱』のキュルケは相手が求めている答えでは無いのを百も承知で「最強は火です」と大きな胸を張った。
彼女は自分の系統に誇りを持っていたし、自分がせっかく真面目に答えたのに全否定かコラ、とカチンと来たのである。
その後は売り言葉に買い言葉、何故かキュルケが火の魔法をギトーめがけてぶん投げる事となった。
実習にしてもハードすぎる。
キュルケが1メイルはある火の玉を作り出すのを見て、学友たちは彼女の本気度を悟り素早く机の下へと避難した。
普段からルイズの爆発に遭遇しているのでこういった行動はすこぶる速い。
唸りを上げて飛ぶ火の玉は、しかしギトーには届かなかった。
素早く張り巡らされた不可視の障壁によって火の玉は跡形もなく消え去り、更に突風がキュルケの体を吹き飛ばしたのだ。
そのまま教室の後ろまで飛ばされる彼女を、素早く後ろに回り込んだクロコダインが受け止める。
「大丈夫か」
「貴方のお陰でね。ありがと、クロコダイン」
キュルケは礼を言いながら頭の片隅で思う。
(これで人間だったら確実に惚れてたわね)
片隅でしか思わなかったのは、ギトーに対する反感と自分の不甲斐無さを痛感していたからだ。飄々としているようにも見える彼女だが、実際かなりの負けず嫌いである。


66 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/09(土) 21:05:16 ID:igBv9zOb
反面、学生とはいえトライアングルクラスの火メイジを一蹴した事で気を良くしたギトーは、更に続けて風魔法の素晴らしさを力説した。
そして彼が熱弁を振るうのに反比例して、学生たちは白けていく一方であった。
弱いと断言された火・土・水のメイジたちは当然面白くは無かったし、風メイジにしても「別にそこまで強くはないだろ」と冷静にならざるを得なかったからだ。
そして唯一、属性不明のメイジであるルイズも腹を立てていた。
以前の彼女ならばキュルケが酷い目にあっても憤慨などしなかっただろうが、使い魔召喚後の態度やフーケ戦を経て隣室の住人に対する印象は随分変わっている。
故に、火を消すだけで良かったにも関わらずキュルケを吹っ飛ばしたギトーにはひどく反感を抱いたのである。
そんな生徒たちの様子には全く気付かず、熱弁は更にヒートアップしていく。
その前に立つ者無く、身を守る盾となり、敵を倒す矛となり、更にもう一つ、と息継ぎをする。
そこへルイズが、絶妙のタイミングで相槌を入れた。
「確かに風の魔法は他を寄せ付けない強さを誇っています。先程の『実習』をみてもそれは明らかですね」
ギトーはほう、と感心したような顔をし、同級生たちは皆一様に怪訝な表情を浮かべた。
彼らはルイズという少女がおべっかや追随というものから程遠い人種である事を熟知していたからだ。
「──その実力を先のフーケ討伐の際にも発揮して頂きたかったと思います。未熟者の私としては、是非とも戦場における『疾風』の雄姿をこの目に焼き付けておきたかったのですが」
この痛烈な皮肉にギトーは一瞬言葉を失い、教室のあちこちからは失笑が洩れる。
フーケを追いかける際、教師側からは誰一人として立候補者がいなかった事は、既に学院の生徒だけでは無く平民の使用人にまで広まっていたからだ。
クロコダインも苦笑するだけで、フォローの言葉は思いつかない様である。
柳眉を上げて何か言い募ろうとするギトーだったが、突然教室に乱入してきた人物に遮られてしまった。
「えーと……ミスタ・コルベール……?」
同僚として彼の姿を見慣れている筈のギトーの台詞が疑問形になったのには理由がある。
何となれば、コルベールは頭に金髪ロールのカツラをつけ、服にはレースだの刺繍だのが踊っているという、実に珍妙な格好をしていたからだ。
(誰? ていうか、誰?)
(ヅラ? あれはヅラなのか?)
(ヤダ! なんか自分の髪型と被ってて凄くヤダー!)
(イヤ! なんか自分の服装と被ってて凄くイヤー!)
(何? 何なのあのファッション! 今の都ではああいうのが流行り!? じゃあ今度からあんな格好したら同級生たちにモテモテ? MOTEMOTEなの!?)
そんな生徒たちの疑問や感慨などには全く気付かず、コルベールは大きく胸を張って最重要事項を伝えようとした。
尤も、胸を張ったせいででかいカツラが床に落ちてしまい、それをタバサが無表情のままツッコんだ所為で教室内は笑いに包まれてしまったが。
もうギトーの「授業中ですぞ」などという抗議は誰も聞いていない。
そんなグダグダな空気を元に戻すべく、コルベールはついさっき知らされたばかりの重要事項を大きな声で口にした。
先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下の魔法学院への行幸が決定した、と。
それ自体は大変名誉な事であるが、しかし授業の最中に知らせる様な事柄ではない。
問題は、トリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花の行幸が、『本日』であるという事実なのである。
当然の事ながら歓迎の準備など出来ている訳がなかった。

授業どころではなくなったのは言うまでもない。


147 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 09:51:07 ID:0FbYE13e
虚無と獣王
22  虚無と幼馴染み

前回のあらすじ
「王女が今日いきなり来ることになったので歓迎の準備をしろ。到着は4時間後だ」
「ふざけろコノヤロウ」
降って湧いたかのような行幸に、学院関係者は揃って頭を抱えていた。

食堂では総責任者のマルトーが怒鳴り声を上げている。
「学生どもの昼食はサンドイッチとスープに変更だ、食材は夕食分に回すぞ! 誰か学院長に姫殿下の食べられないものはないか聞いてこい!」
急な献立の変更は彼の料理人としての矜持を傷つけるものだったが、背に腹は代えられない。もっとも学生たちも準備に忙しかったので、この変更はかえって歓迎されたのだが。
貴族嫌いで有名なマルトーではあるが、流石に王家の悪口は言えない。内心はともかくとしても。
「ああ、あと今日非番の奴を全員連れてきてくれ、人手が足りん! 明日の朝食分の献立も変更だ、追加食材を大至急トリスタニアまで発注! 風メイジの先生に使い魔を借りてこい!」
指示を飛ばしながら段取りを組み直すマルトーに、シエスタが声をかけた。
「親方! 下拵えの出来るメイドたちを連れてきました!」
「おう、助かる! ってこれだけか!?」
「他の娘たちは迎賓室とかの清掃に廻ってますからこれが限界なんですよう!」
数名のメイドたちを背にしたシエスタが悲鳴じみた声で説明する。
マルトーは苦虫を数百匹は噛み潰した様な顔になったが、メイドたちに八つ当たりも出来ず、取り敢えず野菜を倉庫から取ってきて洗うよう指示するのだった。

正門付近ではギトーとシュヴルーズが揃って杖を振るっていた。
ギトーの起こした風が石畳の上に乗った土や埃を吹き飛ばすと、シュヴルーズがそこへ『錬金』を掛けてただの石を大理石へと変える。
こんな光景は正門だけではなく王女が通ると思われる全ての場所で行われており、教師だけではなく生徒でもライン以上の土メイジは強制的に参加させられていた。


148 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 09:54:24 ID:0FbYE13e
2年の教室ではルイズに質問が殺到していた。
先王の崩御以来、学院に王家の人間が来訪する事は無かったので在校生は何をしていいのか判らなかったのだ。
頼りにするべき教師たちは皆準備の為あちこち走り回っているので聞きようがない。揃って教師陣の表情が殺気立っているので聞く隙がないのだ。
となると公爵家の一員で王家にも繋がりが深く、パーティーなどにも多く参加しているルイズが頼りの綱となる。
「正装と言ったって学院に来られるんだから制服でいいのよ。汚れたりしていたらなんだけど」
どんな格好で迎えるのか、ドレスとか着た方がいいの? という問いに答えながらルイズは教室を見渡した。
「ギーシュ! アンタは普通の制服に着替えてきなさい!」
「そんな! これは僕のソウルを現す重要な要因なのに! 姫殿下にこの姿を見せるなというのかい!?」
「あらあんな処に正装も出来ない馬鹿がいるわ、とか姫様に思われたいなら止めないわよ敢えて」
「誰か僕に予備のシャツを貸してはくれないかッ!」
制服全部そのフリル付きにしてんのかよ! と男子生徒からツッコミが入る。
「キュルケ、アンタもその野放図に胸を出すシャツはやめなさいよね!」
えー、と本人及び男子生徒の半数以上が抗議の声を上げた。
「えー、じゃない! ゲルマニアはあんなのしかいないとか思われてもいいの!?」
「別にー? まあその認識で概ね間違いはないし」
キュルケの返答を聞き、少年たちは心に誓った。死ぬまでに一度はゲルマニアへ行かねばならない、と。
「大体替えの服なんてないわよ? それにわたしに合う替えのシャツもってる娘なんていないでしょ」
ルイズを含めた女子生徒たちはその大きな2つの桃りんごをギッ、と(キッ、ではなく、ギッ、と)睨みつけた。
「ああもう姫様の眼の届かない後ろの方に隠れてなさい! これだからゲルマニアンは全くっ!」
そこへ隣のクラスからレイナールが顔を出した。
「こっちはどうだい? ぼくらは今から一旦寮に戻って身支度した後、正門前に集合するつもりだけど」
どうやらその性格と親戚が王宮勤めをしている事から、隣では彼がまとめ役になっていたらしい。
「もうすぐ終わるわ。じゃあわたしたちも同じ流れで行くから! それからタバサは本の持ち込み禁止だからね!」
「無理」
「即答!?」
一切の逡巡すら見せず返事を返すタバサであった。


149 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 09:58:04 ID:0FbYE13e
色々と小さなトラブルはあったものの、教職員と使用人たち、そして一部の生徒の尽力により何とか王女一行を受け入れる準備の整った魔法学院では、正門前に生徒たちが並んでいた。
若く美しき姫を一目拝もうと、最前列は血で血を洗う様な争奪戦が男子生徒の間で勃発したりもしたが。
そしてその列から少し離れた所に使い魔の集団が、これもまた整然と並んでいた。
王女の出迎え中どこにいればいいのか訪ねたクロコダインに、使い魔である以上粗相したりはないだろうが一カ所に纏まっていた方が良い、というルイズのアドバイスに従ったものである。
余裕があれば全員を直立させて王女に剣を捧げる位の事はさせても良かったのだが、とは後のクロコダインの弁だが、手のひらサイズから体長6メイルまでいる使い魔が大きさ順に並んでいる姿は壮観ではあった。
やがて4頭のユニコーンに引かれた豪奢な馬車が敷地内に入って来るのが使い魔たちの目に映る。
金・銀・プラチナによって象られた水晶の杖と一角獣の紋章は、確かに王女の馬車である事を示していた。
まず馬車の中から姿を現したのは痩せぎすの男である。
生徒たちの落胆した声を聞く分には、彼はこの国の枢機卿であるらしい。
侮蔑や軽蔑の視線や声に全く動じていないのを見ると、相応に胆力はある様だ、とクロコダインは判断する。
続けて降り立ったのは、純白のドレスを身に纏ったうら若き乙女であった。
生徒のみならず教師たちからも思わず声が挙がる可憐な容姿の王女は、端正な顔に笑みを浮かべ整列した若き貴族たちに手を振ってみせる。
(花の様だな)
というのがクロコダインの第一印象だった。
そもそも彼は人間の美醜には疎い。
異種族である以上それは当然の事だが、それを差し置いても花という印象を持つ程に王女は美しかった。
同時にクロコダインは王女からか弱さや力の無さを感じ取っており、そこから花を連想していたりもする。
彼は以前、何人かの王族と知己を得ていた。
温和かつ鷹揚でありながら、勇敢さと正しい判断力を持っていたロモスの王、シナナ。
病魔に身を侵されても思慮深さを失わず、争い事を嫌ったテランの王、フォルケン。
過ちを素直に認める器を持ち、最後まで戦いを支えたベンガーナの王、クルテマッカVII世。
彼らは壮年から老年の男であったが、女の身でこの国王たちに勝るとも劣らぬ活躍をした女性も存在した。
若くして国を背負い、一度は祖国を滅ぼされたものの地下組織を作り上げ、思い人の遺した使徒たちを導いたカールの女王、フローラ。
14歳にして行方不明の父に代わり賢者として国を率い、各国の首脳を集めた国王会議を立案・実行した後に自ら勇者と共に最終決戦に挑んだパプニカの王女、レオナ。
それに比べ、緋毛氈の上を歩いているアンリエッタには彼女たちほどのカリスマを感じ取る事は出来なかったのである。
もっともこれはクロコダインの知っている王たちが長く経験を重ねていたり、またとてつもない修羅場を潜り抜けているという面もあり、正直なトコロ良くも悪くも乳母日傘で育ったアンリエッタと比較するのは酷というものだろう。


150 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 10:01:25 ID:0FbYE13e
次にクロコダインは皇女を迎える学生たちを見てみた。
自分はこの世界では異邦人であり、先ほど抱いた感想も部外者としてのものだ。彼はトリステインで育った仲間たちがアンリエッタをどう思っているのか知りたかったのである。
最前列ではギーシュがまるで食い入るかのようにアンリエッタを憧憬の眼差しで見つめ、ギムリも顔を高潮させながら杖を掲げていた。
普段は冷静さが売りのレイナールすら誇らしげな顔をしており、マリコルヌに至ってはもう天にも昇るような心持ちになっている。
一方そんな男子たちに比べ、女性陣は少なくとも熱狂的にはなっていない。
真面目なモンモランシーは素直に杖を掲げていたが、列の後方ではキュルケが王女と自分を見比べた後に何故か小さくガッツポーズをとっている。
タバサは既に列から放れ、こっそりとシルフィードの巨体の影で本を読み耽っており、それはある意味王女一行から姿を隠しているようにも見えた。
そして、クロコダインは己の主であるルイズを見て思わず首を傾げる事となる。
いつも貴族である事に誇りと責任を持ち、歓迎の準備中はあれ程マナーについて説いていたにも関わらず、彼女は何故かアンリエッタを見ていなかった。
今、ルイズが見ているのは王女の護衛と思しき一人の男である。
魔法衛士隊の制服に身を包んだ美髯の持ち主で、いかにも女生徒が黄色い声を上げそうな顔立ちではあった。
だが、ルイズは王女を差し置いてそういった事柄に熱を上げるような性格ではないとクロコダインは短い付き合いながらもそう思っていたので、今の彼女の様子は殊更におかしく思える。
(知り合いか何かか?)
どことなく釈然としないながらも、件の男をなんとなく観察するクロコダインだった。

その日の夜。
学院長室に1人の来客者がいた。
「お久しぶりです、老師」
客の名はマザリーニ。トリステインにおける事実上の宰相である。
「うむ。今日は呼んでもおらんのによう来てくれたのう。おかげでえらい騒動じゃったぞ」
部屋の主、オールド・オスマンは笑顔で本音トークを炸裂させた。
「刺激のある生活が老けない為の秘訣だと、宮廷夫人たちが口を揃えて申しておりましてな」
「その割にはえらく老けたの、お主は。ほんとにまだ40代か?」
「何事もほどほどに、と以前ヴァリエール公爵が言っていたのを思い出しました。あれは確か今の夫人に32回目の求婚をして王宮よりも高く飛ばされた時だったかと」
「ああ、あれは凄かった。あっという間に地上が遠ざかっていくんじゃもん。マジ死を覚悟したぞ」
「そう言えば思いっきり巻き込まれてましたなあ老師」
はっはっはと笑いあうこの2人、会話の通り昔からの知り合いである。ヴァリエール公、グラモン伯の様に教え子ではなかったが王宮の内外で顔を合わせていた。
出会った頃はこんな老け顔じゃなかったのにのう、とオスマンは目の前の男を見て思う。
髪も髭も真っ白で、体格も肉がごっそりと落ちている様はまさしく平民たちが口にする『鳥の骨』の様であった。
下手をすればオスマンと同年代と思われてもおかしくはない。


151 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 10:04:44 ID:0FbYE13e
「で、今日はどうしたんじゃ。突然ここへ来るには何か訳があるんじゃろう」
勧められたソファに腰掛け、マザリーニは答えた。
「ゲルマニアでの交渉結果に姫様が少々堪えている様でしてな、直接城へ戻るよりは何かワンクッション置いた方が良いかと判断しました」
「それはいいが行幸するならもうちょっと早よ知らせい」
ツッコミを入れつつ、オスマンは『静寂』のかかった部屋で短く尋ねた。
「首尾は」
「軍事同盟は無事締結しました。対価としてアンリエッタ姫がゲルマニア皇室に嫁ぐ事になります」
あっさりと言うマザリーニに、一瞬オスマンは言葉に詰まった。
「……確か裏の目的として、ゲルマニアへ行く間にレコン・キスタに繋がっている者どもを焙りだすと聞いていたが?」
先王の突然の死去以来、トリステインは王座に誰も座らぬまま現在まで来ている。
貴族たちの中には汚職などで私腹を増やすだけではなく、反国家組織に繋がりを持つ者すら現れはじめていた。
隣国の内乱が王家の敗北と言う形で終わろうとしている今、早急に膿を出さねばならないというのが枢機卿を始めとする良識派の意見だったが、流石に王女の降嫁というのは聞いていない。
「敵を欺くには、という事ですよ。私が一時的にこの国を離れる位で尻尾を出すのは所詮小物、これ位の隠し玉がなければ『掃除』は出来ません」
しれっとした顔でマザリーニは言い放った。
確かにこれは国の内部に大騒動を引き起こすだろう。今まで巧妙にその身を隠していた裏切り者も姿を現す位には。
「アンリエッタ姫が嫁いだ後、誰がこの国の王座に座る」
滅多に見せない真剣な顔でオスマンが問う。
「マリアンヌ様に王位についてもらうよう説得しました。姫とゲルマニア王との子をトリステインに引き取り王とするまで、という条件付きですが」
その場合は幼い王に摂政を付ける事になるでしょう、とマザリーニは淡々と説明した。
「随分と思い切ったの」
「申し訳ありませんが、正直形振りなどかまってはいられません。おそらく次の虚無の曜日にはアルビオン王家は存在していないでしょう」
「──そうなれば、次は我が国と言う事か」
オスマンの表情に暗い影が落ちる。


152 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 10:07:24 ID:0FbYE13e
「そこで老師にお尋ねしたい事があります」
「何かね?」
「アルビオン王党派の人間、特に忠義心が厚く絶対に裏切らないと思われていた者が、最悪のタイミングでレコン・キスタに寝返っています。それも複数」
「こちらで言うと、お主が裏切る様なものかの?」
マザリーニは首を横に振る。
「ヴァリエール公が何の意味もなく裏切る様なもの、とお考え下さい」
オスマンは少しの間だが考え込む。
レコン・キスタのトップは失われた系統、虚無魔法を使うという噂は聞いていた。しかしそれはデマであろうと踏んでいる。
始祖の血を引く者、すなわち王家の人間かロマリア初代教皇の縁者でなければ虚無は扱えない。そしてその様なご落胤は全て教皇庁が把握している筈なのだ。
「つまり、虚無の担い手ではないにせよ人心を操る様な何らかの手段を持っていると?」
マザリーニは黙って頷いた。
「そんな便利グッズは思いつかぬが……ま、ちと探らせてみるか。伝手も昨夜出来た事だしの」
報酬としてかなりの額をボッタくられたオスマンは、フーケをこき使おうと決めていたのでこれは渡りに船と言える。
「伝手がある、とは?」
そういや話す暇もなかったわ、とオスマンは昨夜チェルノボーグでの一幕を説明した。
監獄にまで訪れるレコン・キスタのシンパに苦い顔をしながら、マザリーニは学院長の判断に礼を言う。
平時において死刑ほぼ確定の犯罪者を故意に逃がしたら大問題だが、この場合は敵に先んじて有能なメイジを確保し密偵として送り込めるのだからかなり有り難い。
任務に失敗して死んでもさほど惜しくない所もポイントだ。
「情報は無論こちらに回してもらえるのでしょうな?」
「私だけが持っとっても仕方なかろ。教えてやるから若くて美人の秘書を紹介せい!ミニスカで尻とか触っても文句を言わぬならなお良し!!」
「ハハハこの学院の女子制服をミニスカに魔改造するだけでは飽き足りませんか自重しやがってくれなさい老師」
マザリーニの得意技、息継ぎなしの長文ツッコミが遠慮なく炸裂する。
全くヴァリエールやグラモンと一緒でどいつもこいつも老人を敬おうとせん、と愚痴るオスマンだったがふいに表情を険しくした。
「どうしたのです? 女性と会う約束を3日後に思い出した様な顔をして」
「……王女のおられる部屋から女官が1人出てきた」
別に珍しい事ではない、と言おうとしてマザリーニもまた表情を険しくする。
「まさか、とは思いますが……」
「ちゃんとお付きの者の顔じゃったよ。顔だけは、という意味じゃが」
王女の部屋の前は、当然の事ながら護衛の魔法衛視隊員が2名控えている。だが部屋に入った女官が暫くして部屋から出ていくのを疑問には思ったりはしない。
念の為、とオスマンは自分の使い魔を目立たぬ様に見張らせていたが大正解だったようだ。当たってもちいとも嬉しくなかったが。
アハハハハ、と乾いた笑みを交わした後、2人は揃って溜息をついたのだった。


153 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 10:10:13 ID:0FbYE13e
同時刻。
ルイズは自室のベッドの上に突っ伏している。
今、彼女の脳裏に浮かんでいるのは二つの懐かしい顔であった。
1人はこの国の王女、アンリエッタ。幼い頃は共に遊んだ友人である。
一応親たちからは「失礼のない様に」と言い含められてはいたが、そんな事情は子供に分かる筈もなくケンカもしたし悪戯もした仲だ。
もう1人は王女の護衛として現れた魔法衛視隊のワルド子爵。
20代の半ばにしてグリフォン隊を率いる、将来有望な美丈夫である。
親たちが半分戯れに決めた婚約者であり、下の姉であるカトレアと共に幼かったルイズを励まし支えとなった人物だ。
2人ともに何年か顔を合わせていなかったのだが、今日久し振りに見た彼女たちはルイズの眼には輝いて見えた。
自分のいるべき場所でちゃんと役割を果たしていると感じられたのだ。
(もっと頑張らないと)
贅沢は言わない。初歩でもいいから系統魔法が使えるようになりたい。
そうなれば、ドットであったとしてもメイジとして胸が張れる。
そんな思いに耽るルイズの耳にノックの音が響いた。
初めに長く2回、それから短く3回。
それは自分の他には1人しか知らない筈の、特別な合図。
ルイズは慌ててベッドから跳ね起きた。

「どうやら王女はヴァリエールの娘の所へ行った様じゃ」
昨日から地味に大活躍中の使い魔、モートソグニルと感覚を同調させたオスマンが報告すると、マザリーニは緊張を少しだけ緩めた。
「そう言えば面識がありましたな、あの2人には」
随分と腕白なコンビで侍従を嘆かせていたのを思い出す。そしてその記憶はつい最近の出来事を連想させる効果もあった。
「シュヴァリエ申請の件では悪い事をしましたな。一ヶ月早ければ問題なく受勲出来たのですが」
「なに、本人は『自分の手柄ではありませんでしたから』と結構サバサバしておったよ。他の面子や公爵は残念がっておったがの」
そうですか、とマザリーニはルイズの態度に感心した様子だった。
おそらくあの友人はダダ甘にしたい本心を押さえつけ、厳しく公爵家の者としての躾をしたのだろう。
その謙虚さは宮廷の貴族たちにこそ発揮されるべきものだと思ってしまうのは、内憂外患に悩む枢機卿としては無理もない事だ。
「そのヴァリエールの娘について、どうしてもお主の耳に入れておかねばならん事がある」
「これ以上の厄介事は御免ですよ」
珍しく冗談を言うマザリーニに、オスマンはある意味凄く厄介事じゃと前置きしてルイズとクロコダインの事を話した。
「……ガンダールブと同じルーンを持つ使い魔、ですと?」
神学の最も進んだ国、ロマリア出身の枢機卿はすぐに事の重大性に気が付いた。
ルイズが虚無の担い手である可能性は高い。マザリーニは宗教家としての知識と公爵から愚痴および自慢として強制的に聞かされてきた情報を合わせた上でそう判断した。
系統魔法はおろかコモンマジックすら唱えると謎の爆発現象を引き起こすというのも、虚無の担い手ならば納得がいく。
今はまだ仮定の話だが、もし彼女が始祖の御業を再現できるのならば王位継承順位が大きく変動する事態にすら発展するだろう。
思わず沈思黙考モードに入りそうになるマザリーニだったが、残念ながら思考は中断を余儀なくされる。
オールド・オスマンが突然素っ頓狂な声を上げたからだ。
「ちょっと待て! 一体何を考えとるんじゃお主ら!!」


154 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 10:13:55 ID:0FbYE13e
ルイズの部屋にやってきたのは予想通りアンリエッタであった。
先王の崩御の時にすら顔を合わせる事がなく最初はどこかぎこちない2人だったが、懐かしい話をしているうちにあの頃の空気が蘇ってくる。
ケーキを取り合ったりごっこ遊びをしたり、『アミアンの包囲戦』なんてのもありましたなどと昔の記憶を引っ張りだすにつれ自然に笑いが起きた。
笑い過ぎて目に涙を浮かべているアンリエッタを見て、ルイズはふと思う。
ひょっとしてお寂しいのかしら、と。
自分も決して友人の多い方ではないが、一国の王女ともなれば同年代の人間と親しい付き合いなど出来る筈もない。
帰国時にわざわざ幼馴染の所へ忍んできて、昔話にこんなにも喜んでいるのは少しでも「私」としての自分を出したかったからではないか。
アンリエッタはルイズのそんな思いには気付く様子もなく近況を尋ねて来る。
無事に使い魔を召喚できたことを報告すると殊の外喜んでくれたのは意外だった。
では姫様の方は、と聞き返すとアンリエッタは今までの朗らかな表情を一変させる。あれ、何か聞いてはいけない事だったかと思う間もなく、ルイズはえらくディープな話を聞かされることになった。
ゲルマニア皇帝との結婚が決まった事。
よりにもよってあのゲルマニアか、というトリステインの貴族の多くが思うのだろうが、ルイズもまたその例に洩れなかった。
結婚に対しての自由がない事は公爵家の一員として重々承知してはいるが、自分の年齢の倍以上もある男に嫁げと言われたら心穏やかではいられないだろう。
そしてアルビオンの内乱について。
フーケが宝物庫を荒らした夜にギーシュとキュルケが話していたのを小耳に挟んではいたが、王党派はかなり旗色が悪い様だ。
精強無比と謳われたアルビオン軍が揃って裏切ったというのは俄かには信じがたいのだが、現実は何時も厳しい。現実が優しければ自分はとっくにスクエアメイジになっているだろう。
更に、アンリエッタがアルビオンの王子に送ったという手紙という名の爆弾。
内容的には結婚話と締結された軍事同盟を纏めて吹っ飛ばす威力があるらしい。
アンリエッタは話す途中、ベッドに倒れこみそうになったり始祖に祈りを捧げたりしている。
かなり精神的に追い詰められている様子の王女を見てルイズは決心した。
「私にこの一件、お任せ下さいませ」


155 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/05/25(月) 10:16:36 ID:0FbYE13e
この時、ルイズはアンリエッタとの友情と信頼に報いたいという思いで一杯になっていた。
向かう場所が戦争状態で危険極まりない事を頭では理解していたが、アンリエッタとトリステインの危機を救わなければならないという使命感が彼女から客観的な思考を奪っていたといえる。
一方、アンリエッタはおともだちが危険な場所に向かうと聞いて慌てて止めようとした。
そもそも彼女は久しぶりの再会を喜ぼうと思っただけであり、なぜこんな話の流れになったのか自分でもよく判っていなかったのだ。
しかしルイズは言い出したら聞かない性格をしており、また心から自分の為に動こうとしてくれているのは正直嬉しかった。
そんな訳でアンリエッタは、流されるようにルイズに手紙の奪還を依頼する事になる。
2人はひし、と抱き合い互いの友情を確認していたが、その芝居がかってはいたが美しいと言える状態はすぐに終わりを告げる事となった。
突然部屋のドアが勢い良く開き、
「ヴァリエールだけには任せておけません! どうか、どうかこのギーシュ・ド・グラモンにもその困難な任務を仰せつけますよう!」
と男子禁制の筈の女子寮に乱入してきた造花の薔薇を持った少年が叫んだからだ。
「ギーシュ!? ひょっとして今までの話を」
「勿論聞いていたとも!」
「口封じが必要ね。やっぱり埋めるのがベストかしら」
「夕食の献立を決めるのと変わらない口調で物騒な事を言わないでくれないか!」
悲鳴を上げるギーシュを尻目に、ルイズは目でどうしましょうかとアンリエッタに尋ねようとしたが、ここで再び妨害が入った。
「ちょっと待て! 一体何を考えとるんじゃお主ら!!」
いつの間にか部屋の中に入り込んでいたネズミから、学院長の焦りと怒りの入り混じった声が響いてきたのである。

王女一行が来ているという事で、恒例の近接魔法格闘研究会(仮)は中止。
クロコダインは明日の仕込みに忙しいマルトーの助けになれば、と薪割りに励んでいた。
(ここにいましたか! 王様)
小さな声に振り向くと、そこにはモートソグニルが息を切らしている。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
(主が、オスマン学院長がお呼びなんです。すぐに宝物庫まで来て下さいと言っています)
学院長がわざわざ呼びつけるという事は、何か問題でも起きたのだろう。
そう解釈したクロコダインはマルトーに一声かけてから、働き過ぎで疲れた様子のモートソグニルを肩に乗せて歩きだした。


473 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 21:55:24 ID:z2upK+hc
虚無と獣王
23  虚無と宰相

宝物庫でクロコダインを待っていたのは意外な面子だった。
呼びつけた本人であるオールド・オスマンは、この場にいて当然である。主であるところのルイズもまあいいとしよう。
しかし、なぜ王女と宰相が同席しているのか。部屋の隅に緊張した面持ちのギーシュがいるのも解せない話ではあった。
「ああ、呼びつけたりしてすまなかったの」
オスマンはそう挨拶したが、その顔色は優れているとは言い難い。
「いや、それはいいんだが……」
クロコダインも言葉に詰まる。
何か問題が起きたのだろうと思ってはいたが、まさか国のトップが絡んでいると言うのだろうか。
「ここまで来てもらったのは、ちと考えを聞かせて欲しかったからでの。まあ、それ次第では色々と動いて貰う事になるやもしれん」
浮かない顔つきのまま語り始めたオスマンを制して、クロコダインはルイズと並んで座っているアンリエッタを見つめた。
「その前に、そちらにおられるのはこの国の王女殿とお見受けするのだが……」
その言葉に、アンリエッタは優雅に立ち上がって一礼する。
「はじめまして、アンリエッタ・ド・トリイテインと申します。貴方の事はルイズから聞かせてもらいましたわ、頼もしい使い魔さん」
クロコダインも王女の前で片膝を付いて答えた。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、クロコダインと申します。以後お見知りおきを」
クロコダインが王家の人間に敬意を示す様子に、ルイズたちは少し驚いていた。普段の豪放磊落で武人肌という印象とは違った姿を見た気分だったのだ。
その姿から粗野に見られがちなクロコダインだが、その実力を認めた者や女子供に対して礼を尽くすタイプである。
魔王軍時代は大魔王バーンや魔軍司令ハドラー、正義の使徒となってからはレオナやフローラ、ロン・ベルク、アバンといった面々に敬語で接していたし、占い師のメルルにも最初はお嬢さんと呼びかけている。
続いてマザリーニが短く自己紹介し、クロコダインもまたそれに答える。
その様子を見届けた後、オスマンは本題に入った。
「さて、こちらとしても大筋では話を把握しとるが何分よく聞き取れなんだ部分もあっての。ここはミス・ヴァリエールから事の次第を説明してもらえるかの?」
突然話を振られたルイズは思わずアンリエッタを見るが、王女がどこか複雑な表情を浮かべながらも頷いた為、さっき聞かされた事を順に話し始めるのだった。


474 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 21:58:07 ID:z2upK+hc
ルイズが話し終わると、宝物庫は沈黙に包まれた。
王女と学生二名はともかく、クロコダインを含めた大人たちは難しい表情をしていたりこめかみを指で強く押さえていたり天井を見上げ何者かに対し呪いの言葉を小声で呟いていたりする。
まあずっとそのままでいる訳にもいかないと思ったのか、復活したオスマンはルイズに声を掛けた。
「……あー、ありがとうミス・ヴァリエール。実に分かりやすい説明じゃった」
「分かっているかと思いますが、この事は絶対に他言無用ですぞ」
次にやや強い口調でマザリーニが釘を刺す。キツイ言い方をしていいのならば、ぶっちゃけた話これは王家の恥と言っても過言ではない。
そんな重大事項を自覚もなしに吹聴される訳にはいかなかった。
そしてクロコダインが重々しい口調で尋ねる。
「オレは正直、国と国との情勢などには詳しくないのだが、この手紙を回収するのは学生にとってかなり厳しいのではないですかな」
ふむ、とオスマンは一応考える振りをしてから答えた。
「ま、一人前の兵士でも超キビシイじゃろうな」
「既にアルビオン王の手勢は1000名を割り込んでいます。対する貴族派は推定5万、今にもニュー・カッスルを攻め落とさんとしている様ですから」
加えてマザリーニが冷静に身も蓋も無い現状を指摘する。
「それでもっ! この任務は遂行しなければならないでしょう!」
悲観的な事しか言わない大人たちに業を煮やしたのか、思わずルイズは声を上げていた。
「不埒な貴族派がアルビオンを制したら次は我が国が標的になるのでしょう? その為にゲルマニアとの同盟を結んだのではないのですか!」
言外にアンリエッタの婚姻についての非難を込めながら、なおもルイズは言葉を重ねる。
「確かに困難な任務でしょうが、仕えるべき王家の為に、また力のない平民たちを守る為にも誰かが行かなければなりません」
ルイズの後ろではギーシュがうんうんと賛同の意を示し、アンリエッタは『おともだち』の熱弁に感激し目に涙を浮かばせていた。
ギャラリーがいなかったら確実に抱きついていた事だろう。
一方でマザリーニとオスマンは(若い衆は無闇に熱いな)等と思っていたが、そんな事はおくびにも出さなかった。
「確かにミス・ヴァリエールの言われる通り、誰かがアルビオンまで行く必要があります。ただ、私たちは常に最悪の想定をした上で動く事を求められます」
「ちなみにこの場合の『最悪』とは何か、ちと言ってみて貰えるかの?」
オスマンの問いに対し、アンリエッタとギーシュは「手紙の回収が出来ない」と答えた。
ルイズは上記2人と概ね同じ意見だったが、「同盟の話が流れてしまう」と付け加えた。
そしてクロコダインは、「任務が失敗して全員生きて帰ってこれない」と言った。
使い魔の答えにぎょっとするルイズたちを尻目に、オスマンは頷く。
「間違ってはおらんの。まあ全員の答えを合わせてなお足りない部分があるのも確かじゃが」
正直なところ、アルビオン行きが高い確率で死に繋がるという実感など持ち合わせていなかった学生2人と王女だったが、まだ付け加える様な不吉な事があるのかと思った。
そんな彼女たちに正解を冷静に告げたのはマザリーニである。
「手紙の回収に失敗し使者は全員死亡。ゲルマニアとの軍事同盟は破棄。更にトリステイン国内は王党派とレコン・キスタのシンパ、そしてヴァリエール・グラモン同盟軍の三つ巴の戦いになる」
一瞬の間を置いて、ルイズとギーシュは猛烈に反発した。


475 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 22:01:08 ID:z2upK+hc
「お言葉ですが! 枢機卿はわが父の王家への忠誠をお疑いなのですか!」
「父様は国家の危機を前にして反旗を翻す様な真似はしません!」
特にルイズは父であるヴァリエール公爵から常々マザリーニに対する苦言を耳にしていた。
礼儀を重んじる父が一国の宰相に対し『鳥の骨』などという俗称を使っているのだから余程馬が合わないのだろうと思っていたが、こんな事を言うのならそれも納得である。
曖昧な噂で人を判断してはいけないという母の教えを守り、これまでマザリーニに含む処は持たないようにしてきたが、今この瞬間からルイズは『鳥の骨』を嫌いになる事に決めた。
ギーシュも似たような環境で育っていたので、同級生と似たような感想を抱いたようである。
一方マザリーニは2人の抗議に怯む様子もなく、あっさりと言った。
「ヴァリエール公爵もグラモン伯爵も王家への忠誠心は高く、その忠義は右に出る者なしと言っていいでしょう。しかし、彼らは同時に良き家庭人でもある」
「飲むたびに嫁と子供自慢聞かされるしの。特にヴァリエールの方は」
補足と言うか茶々を入れるオスマンに、マザリーニは表情を崩して言った。
「神に身を捧げた私に堂々と愛妻を自慢するのはやめてくれと老師から言っては貰えませんか。特に公爵の方に」
「言っても無駄な事は言わん主義じゃ」
「教育者としてそれはどうかと。話を戻しますが、もう目に入れても痛くないと公言している末娘がこんな事で非業の死を遂げなどしたら、速攻で王宮を落としにかかるでしょうな」
まあその前に堂々と声明文を送りつけてくるでしょうが、という最後の分析にオスマンはさもありなんと笑う。
ここで頭に血が昇っていたルイズがやや落ち着きを取り戻した。落ちこぼれの自分を父がそれほど重要視しているかはともかく、何故政敵である筈のマザリーニがこんな分析をするのか。
これではまるで2人は昔からの親友のように思えてしまう。
しかし、ついさっき嫌いになると決めた相手にそんな事を聞くのも憚られる気がする。一体どうしたものか。
ルイズがそんなある意味どうでもいい事を考えていると、隣の幼馴染(天然)が素直な疑問を口にした。
「貴方とヴァリエール公はあまり仲がよろしくないと聞き及んでいたのですが、違うのですか?」
「姫様、直球過ぎです!」
もう少しぼかしましょうと思わずツッコミを入れるルイズに苦笑しながらも、マザリーニは至極あっさり風味に答えた。
「仲は悪いですよ。少なくとも30年程前に1人の女性を巡って決闘騒ぎを起こす位には」
「……は?」
余りと言えば余りの答えに呆然とするルイズとギーシュ、そして驚きながらも微妙に目を輝かせるアンリエッタ。
そしてオスマンはどこか遠くを見つめながら呟く。
「ああ、そんなこともあったのう。今考えても酷いオチじゃったが」
「ええ、当の女性に『王宮での決闘は禁止事項でしょう!』とカッタートルネードを喰らいましたからな。全くもって酷いオチでした」
この時点でひどく嫌な予感がするルイズであったが、彼らの回想はまだ続いていく。
「切り刻まれながら天井に磔状態ってのも随分心が冷えるのう。あれはマジ死ぬかと思ったぞ」
「そう言えば颯爽と見届け役を買って出て颯爽と巻き込まれてましたな老師。しかし冷えるのは心だけですか? 私などは体温が急低下しましたが。その後で何故か始祖の姿を見た気がしますし」
「臨死体験などそうそう出来ることじゃないぞ? いい思い出になったの」
あっはっはと笑いあう中年と老年を、10代3名はアメイジングなモノを見る目で見つめた。
「まあそんな経緯もあって仲は悪いと言っていいでしょうね。娘の誕生日ごとに画家に描かせた絵を見せつけてここが私に似ているとか自慢するなど嫌がらせにも程があります」
「今はそれなりに落ち着いたが、昔は末娘が初めて立ったり初めて『とうさま(はぁと)』と言ったりしただけで呼び出されて飲まされてしこたま自慢聞かされまくったからのー」
「タダ酒が飲めるぜヒャッホウとか言って毎回喜々として参加されていたではありませんか」
「何か言ったか? 年のせいか最近耳が遠くなってな」
話題が逸れまくる大人たちを前に、ルイズは1人頭を抱えていた。
謹厳にして実直、理想の貴族像のひとつとして目標にしてきた父親像が今まさに音を立てて崩れ去って行く。それはもう凄い勢いでガラガラと。
そういえば、成績優秀眉目秀麗性格意地悪にして生真面目な上の姉が『格差を是正し、資源を豊かにする会』の創設者兼名誉顧問と発覚した時も脱力したものだったが、今回はそれ以上の衝撃であった。

476 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 22:03:23 ID:z2upK+hc
「仲がいいのは良く判ったから、そろそろ話を戻してもらえるかな?」
主へのダメージをこれ以上増やさない為、という訳でもないのだろうがクロコダインが軌道修正を図る。
「やはり危険ですわ。ルイズ、わたくしの我侭で貴女を危険にさらすわけには行きません。誰か他の者に頼むことは出来ないのですか?」
マザリーニの暴露話はともかく、アンリエッタもかつて自分が出した手紙が『おともだち』の命に関わる事態になった事に慄き、幼馴染を止めにかかった。
「と、言われてものう」
ぬう、と悩むオスマンに対し、マザリーニは元来の怜悧さを発揮していた。
「正直に言えば、姫様の選択も全くの的外れという訳ではありません。例えば学生を使者に選ぶのは、今回の場合に限りますが有効ではあります」
「と言うと?」
素人同然の者を死地に送り込む事に抵抗を感じていたクロコダインが続きを促す。
「既に王宮内に敵勢力のシンパがいるのは確実ですが、我々はその全容を把握していません。しかし学院生ならば寮生活で外部との接触は制限されていますし、レコン・キスタと繋がっている可能性は低いと思われます」
「うっかり敵のスパイに手紙の回収なんぞ任せたらエライ目にあうわな」
オスマンが一応、と言う感じのフォローを入れる。レコン・キスタもわざわざ使いにくい学生を仲間にはしないじゃろ、とはあえて言わないでおく事にしたようだ。
マザリーニは更に続ける。
「次にヴァリエール嬢に依頼した点についてですが、使者の身分としては悪くありません」
ひょっとしたら、と言うかほぼ確実にアルビオン王家への最後の使者であり、非公式ながら王族への謁見が必要とされる任務である。まさか平民を当てる訳にはいかない。
王党派は最大限の警戒をしているであろうし、下手に下級貴族など送っては門前払いにされかねないのだ。
しかし、敵に通じていない大物貴族を使者にするとなると某公爵とか某元帥とかになる訳で、それはそれで問題である。大物すぎて使者にできない。
その点において、筆頭公爵家の一員であるルイズは割と絶妙な選択であると言えるだろう。当然その身分を証明する書類やらなにやらが必要ではあるが。
「その辺はまあ何とかなるじゃろ、というか、せにゃならん」
基本的に事務仕事が好きではないオスマンがため息交じりに言った。
「更にヴァリエール嬢たちは『土くれのフーケ』を見事に捕らえたという実績がある。多少の荒事ならば潜り抜けられる力を持っていると言えます」
いえだからそれは私だけの力ではないですし、というルイズの言葉は意図的にスルーされた。
ギーシュはともかくクロコダインが同行してくれれば、戦力と言う面では安心できるからだ。
「何より重要なのは、我々には時間がないという事です。不穏分子を見つける余裕がない以上、信頼できる人材は金剛石よりも貴重ですから、その他の要因にはこの際目を瞑りましょう」
そう言ってマザリーニは話を終えた。


477 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 22:05:45 ID:z2upK+hc
「では、やはり私たちがアルビオンへ行った方が良いと、そう考えてよろしいですか?」
ルイズの確認にマザリーニは無言で頷いたが、内心では首を横に振っている。
これまで国を守るために数多くの者たちを死地に送り込み、それを後悔した事はなかった。しかし今回の一件に関しては別だ。
表向きは犬猿の仲だが実際には30年来の親友と、一度は還俗すら考えた片恋の女性の間に生まれた娘を危険に晒すというのは辣腕を謳われる彼にしても抵抗があった。
先程並べ立てた『いかにルイズが任務に適任か』についても、実際には理由を口にする事で自分自身を納得させようとしていたに過ぎない。
手紙は既にウェールズ王子の手によって破棄されているのではないかとも思うが、希望的観測は禁物である。
(これも偽善と呼ばれるのでしょうね)
もしルイズの両親が個人的な知己でなければ何の感慨もなく彼女をアルビオンに送りだしている事に、マザリーニは気付いていた。
間違いなく自分は始祖の元には行く資格はない。宰相となってから幾度となく感じた事ではあるが今回は極め付けだと思いながら、マザリーニはルイズを見つめた。
「手紙に関しては回収に拘り過ぎないで下さい。状況によってはその場で廃棄しても結構ですし、回収不能と思えたら即座に引き返すように」
「お待ち下さい! それでは」
抗議しようとするルイズを手で制したのはクロコダインだった。
「手紙が回収出来なかったとして、宰相殿はどのような対応を取られるつもりかな」
「しらばっくれます。それは敵が卑怯にもでっちあげた偽書である、とね」
マザリーニは宰相らしからぬ表現でしれっと言い放った。横にいたオスマンが肩をすくめながら続ける。
「素直に『そうするしかない』と言わんか。ま、あちらさんも本物と証明する手段があるとは思えんがの」
幸か不幸か、アンリエッタはこれまで公式文書などに自筆のサインを残したことはない。当然見比べる事も出来ないので偽物と言い張れない訳ではないのだ。
無論、それでゲルマニアが納得するかどうかは別問題である。婚礼前にそんなスキャンダルが発覚した時点で破談を言い渡されてもおかしくはない。

478 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 22:07:25 ID:z2upK+hc
アンリエッタもその事はしっかり認識していたが、それよりも今は幼馴染のこれからの方が心配だった。
そもそも彼女はルイズに何とかして貰おうと思っていた訳では無く、話の流れでつい口を滑らせてしまったに過ぎない。
故に彼女は手紙の奪還より生還を求めるマザリーニの意見には全面的に賛成した。
「ルイズ、貴女だけではなくこの学院の生徒たちは、これからのトリステインを支えていく大事な宝です。貴族としての矜持より、先ずは生き残る事を優先して下さい」
「姫さま……」
アンリエッタの心配そうな顔に、ルイズは微笑を返す。
「大丈夫です。ちゃんと手紙を回収して必ず帰ってきますから、どうかご安心を」
友人の言葉を聴いてもなお不安の晴れないアンリエッタであったが、ふと何かを思いついたらしく自身の右薬指から大きな指輪を外し始めた。
「これはわたくしが母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです、どうか持っていって下さい」
「そんな! 大切なものではありませんか」
しきりに恐縮するルイズに王女はコロコロと笑った。
「大丈夫ですよ、もしお金に困ったら売り払って旅費に当てても」
そんな2人の少女が織り成す美しい友情シーンを、しわがれた声が水を差した。
「まてまてまてまてまてまてまてまて」
声の主は言うまでもなくオールド・オスマンなのだが明らかに余裕が無い。どれくらいないかと言うと、王族に対する敬意を忘れてしまう位。
「……あー、身分証明としてはある意味最適でしょうが、売り払うのは勘弁してもらえますか? それは初代トリステイン王が始祖より賜わった秘宝の一つなので」
もう何か疲れ切ったという感じのマザリーニが投げやりな補足を入れる。
そしてルイズは自分の掌にある指輪の価値に思わず引き攣った。つまりこれは6千年前より伝わるトリステインの国宝なのである。
始祖の祈祷書と並んで戴冠式などの国家行事に使用されるもので、こんなもの売ろうと思っても絶対に値は付かない。
「そそそそそそそんな貴重品を持たせないで下さい! 身分証明なら書類か何かでいいですから! お守りは姫様のお気持ち1つで充分ですし!」
正直触るのも怖い、という風情のルイズだったが、返ってきた言葉は非情だった。
「売ったり無くしたりしないのであれば、確かにまたとない証明です。王族の信頼を受けているという事にもなりますので持って行って下さい」
そんなご無体な、という内心を覆い隠しつつルイズは近くにいたが会話に入れなかったギーシュに声を掛ける。
「ねえギーシュ、私が無くすといけないからちょっと責任もって預かっててくれる?」
「ははは、これは君らしくもない事を言うじゃないか! まさかそんな大切なものを、この『青銅』がうっかり落とさないとでも思っているのかい?」
胸を張って言うことじゃないだろうとギーシュ以外の全員が思った。
かといってクロコダインに預けるわけにも行かない。戦闘時に矢面に立つ立場の彼が秘宝を持っていると、敵の攻撃等で指輪に傷がついたり紛失したりする可能性があるからだ。
消去法で自分が持つしかないと判ったので、仕方なく覚悟を決めたルイズは「お預かりします」と言って水のルビーを指に嵌める。
そんな光景を見ながら、クロコダインはこっそりと溜息をついた。
どうにも危険な場所に行きたがる傾向がある主だが、もちろん放っておくつもりは少しもない。
彼女が行くしかないというのなら、全力であらゆる危機からルイズを守る盾になるだけだと、クロコダインは決意を新たにするのだった。


479 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 22:10:31 ID:z2upK+hc
「さて、概ね話しが纏まったところで、お主ら2人は部屋で休んでもらおうかの」
オスマンの言葉にルイズとギーシュは顔を見合わせた。
確かに今は夜だが、正直寝るにはまだ早い。
「今回の任務は時間との勝負になりますが、流石に今すぐ出発するわけには行きません。人目を避けて貰う必要もあるので出発は明日の早朝がいいでしょう」
アルビオンまではかなりの強行軍になる。少しでも体力を蓄えておいて欲しいというのがオスマンらの考えであった。
「取り敢えず服や私物の準備だけしておいて下さい。旅費や必要な物に関してはこちらで準備しておきますので」
「クロコダイン殿にはもう少し残っていて貰おうか。色々と打ち合わせておきたい事もあるでの」
そう言いながらオスマンは短く呪文を唱える。すると床の石材があっという間に2メイル程の屈強なゴーレムになった。その肩に一匹のネズミが飛び乗る。
「姫様もそろそろお部屋でお休み下され。このゴーレムとモートソグニルがお送り致しますでの」
そこでふとルイズが宝物庫から出ようとしていたギーシュに尋ねた。
「そういえばギーシュ、あんたどうしてわたしの部屋の前にいたの?」
当たり前の話だが、基本的に女子寮というものは男子禁制が掟である。
もっともいつからかその掟は形骸化の一途を辿っており、キュルケの部屋などは夜になると男子生徒がドアからも窓からもやってくる有様ではあったのだが。
が、それにしたところでギーシュがルイズの部屋を訪れる理由はない、筈だ。これがモンモランシーの部屋ならば話は別なのだろうが。
「ああ、今日はいつもの近接格闘訓練は休みだっただろう? 少し体を動かそうと思って外にいたら女子寮の前で人影を見つけてね」
そこでギーシュはアンリエッタの方を見て、一瞬口ごもった。視線に気付いたアンリエッタは無言のまま笑顔で続きを促す。
「うん、その、姫殿下付きの侍女だと思ったんだけど、動きが、こう何と言うか、明らかに『誰かに見られないようにしています』的な……」
端的に言うと『あからさまに不審者でした』という内容の事を出来るだけオブラートに包みまくるギーシュであった。
「で、後を付けてきたと?」
ルイズの確認にギーシュは「その通り」と答えたが、実は彼が女子寮に侵入した理由はそれだけではない。
ギーシュは不審者がアンリエッタであると一目で見抜いていたのである。
あまり知られていない事ではあるが、彼には『親しくなった女性のスリーサイズを正確に暗記できる』というレアな特技があった。
そのスキルを生かしてギーシュは不審者の体格が王女のそれと完全に一致しているのを見抜いたのである。
しかしギーシュは別にアンリエッタと親しい訳ではない。では何故彼は特技を発揮させる事が出来たのだろうか。
実は学院来訪時に王女が馬車から下りて学院内に入るまでの間、ギーシュは最前列で、その人生の中で最大限の集中力を発揮してアンリエッタの身体を食い入るように見つめまくっていたのである。
その甲斐あって、彼は初めて見た女性のスリーサイズを服の上から看破するという偉業を達成させたのだ。
もちろんそんな事を明かした日には速攻で斬首刑コースだろうという判断力は持ち合わせていたので口には出さなかったが。


480 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 22:13:17 ID:z2upK+hc
「そういえば、オールド・オスマンもわたくしが部屋から出た事がすぐに分かった様ですが……」
ルイズに便乗するように尋ねるアンリエッタに、ふむ、とオスマンは長いひげを撫でながら答える。
「ミスタ・グラモンと同じ様なものですが、幾ら侍女に顔を変えても歩き方や体捌きが全く違っていましたからの。加えて言えば床に響く足音なども異なっておりましたな」
おお、と学生たちと王女は流石スクエアクラスの土メイジだと素直に感心した。普段はただのセクハラジジイだがやる時はやるものだ、と。
しかし、実の所オスマンが王女の偽装を見破った理由はもう1つあった。
全く知られていない事ではあるが、彼は『あらゆる女性のスリーサイズを服の上からでも瞬時に把握する』というレアというよりアレにも程がある特技の持ち主であった。
当然の事ながらオスマンは王女及び侍女たちの体のサイズを完璧に暗記していたので、部屋から出てきた侍女のプロポーションが明らかに違っている事にすぐ気付いたのだ。
ちなみにこの男、使い魔との感覚共有を生かしまくって女子生徒やメイドたちのスリーサイズも一人残らず把握していたりする。
伊達に齢100とも300とも言われてはいない、まさに男の夢をある意味体現しているメイジなのであった。
勿論そんな事を明かした日には超速攻でタコ殴りにされた上で拷問を受けた挙句に絞首刑コースだろう事は想像するまでもなく明らかだったので口には出さなかったが。
久し振りに尊敬の目で見られている事に感動しているオスマンを見て(うわネタばらししたい)と思うマザリーニであったが、一応は世話になった恩師であるし今はそれどころの話ではないので自重する。
「さ、それ位にして本当に部屋に戻って休んでください」
枢機卿の方が余程教師らしいのではないか、と思いつつルイズたちは宝物庫から退出して行った。

ルイズとギーシュはそれぞれ自室へと戻り、アンリエッタは護衛代わりのゴーレムと共に宛がわれた貴賓室へと向かう。
部屋の前で驚く魔法衛視隊の隊員には内密の会合があったと誤魔化して、彼女はベッドに座り込んだ。
勿論ゴーレムとモートソグニルは部屋の中にアンリエッタが入るのを確認して引き返している。
今彼女の脳裏に浮かぶのは白の国にいる想い人の顔と、久し振りに会った幼馴染の姿。
2人とも大切な存在なのに、1人は戦場と化した隣国で追い詰められており、もう1人はその隣国へ向かう事になった。
その理由が自分の不始末という現実に打ちのめされそうになるが、今更止められようもない。
だが、幾ら王宮で蝶よ華よと育てられた王女であっても、戦場に一介の学生が向かうのが危険だという事はよく分かる。
大人数で任務に赴くのは論外だが、せめてもう1人くらい腕の立つ護衛はつけられないだろうか。
そこでふとアンリエッタは学院に到着する前、馬車の中でのある出来事を思い出した。気分の優れない自分に花を手渡したグリフォン隊の隊長、ワルド子爵。確か二つ名は『閃光』と言ったか。
彼にルイズたちの護衛を頼むというのはどうだろう。
そうだ、幾らレコン・キスタのスパイが王宮内にいるとしても、枢機卿の腹心であるならばそんな心配もないに違いない。
それにマザリーニの説明によると、彼はかなりの実力の持ち主だという。子爵ならばきっとルイズの力になってくれる。
思いついた妙案をすぐに実行に移すべく、アンリエッタは扉の向こうに控えている護衛を呼ぶのだった。


481 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/06/30(火) 22:16:17 ID:z2upK+hc
翌早朝。
ルイズは普段ならまだ寝ている時間に起き、昨夜のうちに準備しておいた荷物を持って裏門へと向かった。
フーケ襲撃以降、学内の見回りは教師陣と衛兵がコンビを組んで絶えず行われていたが、この時間なら裏門はノーマークだという事を学院長から教わっている。
一応周囲を気にしてはいたが誰にも見つかる事なく、ルイズは裏門へと辿り着いた。
「やあ」
「おはよう」
そこには既にギーシュとクロコダインが待っていた。
クロコダインの隣には大きな革袋を乗せた馬が2頭用意されている。
革袋にはオスマンが大慌てで手配した路銀や携帯しやすい非常食、高価な水の秘薬などが入っているらしい。
魔法が失敗してしまうルイズは勿論、ギーシュも土のドットメイジであり、水系統の回復呪文ははっきりいって得手ではないが、それでも無いよりは有った方がいいというのが学院長の言い分だった。
「でも、どうして馬なの?」
つい先日、ワイバーンを仲間にした所である。どう考えても馬より早く目的地に着く筈だ。
実はルイズたちが寮に戻った後、オスマン、マザリーニとクロコダインの間で様々な打ち合わせが為されていた。
その結果、ここから馬で近くの森まで進み、そこからワイバーンで一気に進むという計画になったのである。
すぐにワイバーンを出さないのは、幾ら早朝とはいえあんなもん呼び出したら目立ちすぎるからだ。
港町であるラ・ロシェールに着いたらひとまず情報収集を兼ねた休憩を取り、フネの手配をする。
上手く予約できればそれで良し、出来ない場合は王女及び宰相連名の書類を使って徴用するか、ワイバーンで直接白の国へ行くも良し、との説明にルイズはなるほどと頷いた。
「先ずは急ごう」
短距離ならば馬と同じ程度の速さで駆けるというクロコダインに、しかし待ったをかけたのはギーシュだった。
「すまない、ぼくの使い魔も一緒に連れていけないかな」
「ヴェルダンデを?」
クロコダインが聞き返すのと同時にルイズの足下が突然盛り上がった。
短く悲鳴を上げるルイズに熊ほどの大きさのジャイアント・モールがのし掛かろうとし始める。
「ちょ、ちょっとギーシュ、アルビオンまでコレを連れていこうっての?」
「そうだよ、こう見えてヴェルダンデは馬並のスピードで土の中を進むことができるんだ」
「それはいいけど目的地はアルビオンよ、その意味分かってる? ていうか何でわたしに襲いかかってんのこのモグラはー!」
「……そういえば! ま、まあフネが確保できれば大丈夫だよ、多分。そうに決まってる。ていうかどうしたんだいヴェルダンデ、ルイズは君の大好きなどばどばミミズじゃないよ?」
さりげにひどいことを言うギーシュである。
「どうやらルイズの持っている何かに反応しているようだな」
クロコダインの分析にギーシュは思い当たる事があった。
「ルイズ、ヴェルダンデは君の持っている水のルビーに反応してるんだ。彼は光り物に目がなくてね」
「なくてね、とかノンキに解説してないで止めなさいよ!」
もっともな意見である。
確かにここで国宝に何かあったらぼくも死刑だろうしなあ、とギーシュが使い魔を止めに入ろうとした時、横にいたクロコダインが突然ルイズの元に走りグレイトアックスを抜いた。
「誰だ!」
突然の行動に驚くルイズたちの前に現れたのは、朝靄を吹き飛ばしながら舞い降りたグリフォンに跨る青年であった。
羽帽子に有翼獅子の紋章が縫い込まれたマント、魔法衛視隊の制服に身を包んだ美丈夫である。
「失礼、どうやら間にあったようだね」
青年は害意がないのを示すようにゆっくりとグリフォンから降り立った。
「魔法衛士隊が1つ、グリフォン隊隊長のジャン・ジャック・ワルド子爵だ。姫殿下より今回の任務に同行せよとの命を受けて参上した」


538 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 22:53:14 ID:O6f4tDpd
虚無と獣王
24  虚無と婚約者

裏門から、静かにとは言い難い様子で旅立っていく一行を見つめる者たちがいた。
学院長室の壁にかけられた『遠見の鏡』に映し出されたルイズたちを見ているのは、この部屋の主であるオールド・オスマンとアンリエッタ姫である。
直接見送りに行きたいというアンリエッタを説き伏せる形でこの部屋に招待したオスマンだが、その判断はある意味大正解だった。
「姫、何故ミス・ヴァリエールたちにグリフォン隊の隊長が同行しているのか、ちとこの哀れな老人にも説明しては下さらんかの」
こんな質問、見送りの現場では到底出来ない。
「幾ら怪盗を捕えるほどの実力を持っているとはいえ、今回の任務は決して楽なものではありません。ですから、腕の立つ者を1人でも護衛につければと思ったのですが……」
マザリーニも目にかけているようですし、腹心と言うなら今回の任務内容を教えても、というアンリエッタの回答にオスマンは内心頭を抱えたが表情には出さず鼻毛を抜いて誤魔化した。
ジャン・ジャック・ワルドの事はオールド・オスマンも知らない訳ではない。
というか10年ほど前にはこの学院の生徒だったのだ。
オスマンは基本的に男子生徒の名前とかは卒業したら忘れてしまうのだが、彼は成績優秀だったのと、いつもちょっとした馬鹿騒ぎの中心近くに巻き込まれていたのでよく覚えていたのである。
王宮嫌いのオスマンだったが、それでも彼が魔法衛士隊に入隊してからは危険な任務などにも積極的に従事していたという噂は耳に届いていた。
弱冠二十代にしてグリフォン隊の隊長に抜擢された時には、あのヴァリエールの長女にパイ投げ合戦でワルドバリアーとして使われていたとは思えんなあと感慨を深くしたものである。
だが、オスマンが知っているのはあくまで学生時代のワルドでしかない。10年という歳月は人を変えるには充分な時間だ。
そして今マザリーニが目にかけているという事は、自分の後継として育てようとしているのか、もしくは手元に置いておかないと危険だと考えているのか。
確かめようにも当の宰相は昨夜の打ち合わせの後、予定を変更して王宮に帰ってしまっていた。
只でさえ忙しいのに今回の件でヴァリエール公爵やグラモン元帥に色々と話をしなければならなくなったので仕方ないのだが。
(若いうちの苦労は買ってでもしろというが、程があるじゃろ)
自分の様な老人ならともかく、まだ若い教え子たちは出来れば平穏に過ごして欲しい。オスマンは教育者として、1人の人間としてそう思う。
フーケの追跡時はまだフォローが効いたが、今回はそう言う訳にもいかないのだ。
コルベールは信頼に足る人物ではあるが、流石にアルビオンまでフォローはさせられない。授業の事もあるし、彼自身の個人的な事情もある。
何にせよ早急にマザリーニに連絡を取ろうと、オスマンは心配そうな王女の相手をしながら考えていた。


539 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 22:55:20 ID:O6f4tDpd
突然ではあるが、ルイズは今、少々混乱している。
フライもレビテーションも使えないルイズは、当然同年代のメイジに比べ空を飛ぶ機会は少なかった。
しかし最近では同級生の使い魔である風竜に乗ったり、自分の使い魔が説得した翼竜に乗ったりしていた訳だが、今回彼女はグリフォンに乗っている。
すぐ後ろにはワルド子爵、つまりは親同士が決めた婚約者が手綱を握り笑顔でルイズに話しかけていた。
昨日、実に10年振りにその姿を見た、かつてカトレアと並び自分を支えてくれた憧れの王子様。
未熟な自分との婚約の話など消えていたと思っていたのに、彼は自分を淑女として扱ってくれている。
その時点でかなり照れくさいやら嬉しいやらだったのだが、更にルイズは大人の男性との接触は極端に少なかった。
パーティーなどにはそれなりに出ていたが、何分公爵家の一員でありながら魔法成功率ゼロという微妙な立場のせいか、もしくはそのすっきりボディのせいか余りダンスに誘われたりする事もなかったからだ。
実際には父親であるヴァリエール公爵が凄い勢いで睨みを利かせまくっていたのが一番の理由なのだが。
学院入学後は夜会に出る機会も無く、教師達も年配者が多いので大人の男性との接触は更に減る事となった。
これがキュルケなら場数を踏みまくっている事もあり会話を楽しめていたのだろうが、いかんせんルイズには経験値が圧倒的に足りない。
というわけで彼女は頭の中で(ど、どど、どどどとうしよぅなななにを話したらいいの!?)と絶賛混乱中なのである。
幸か不幸か、外からは頬を赤らめてしおらしくしている様にしか見えなかったが。
「それにしても、凄い使い魔を召喚したものだね、ルイズ」
「はひ!?」
裏返った声の返答に苦笑しながらも、ワルドはグリフォンの後ろを飛ぶ翼竜を見ていた。
「僕もいろんな使い魔を見てきたつもりだけど、あれ程立派なモノにはお目にかかった事はなくてね」
使い魔を褒められた事を嬉しく思うと同時に、ルイズは(やっぱりわたしはクロコダインにもワルド様にも釣り合っていない)と、自分の実力不足を痛感していた。

クロコダインとギーシュを背に乗せ、後ろ足でジャイアント・モールを掴みながらもその重さを感じさせる事なく悠々と飛ぶワイバーン。
その横にグリフォンをつけながらワルド子爵は少し物思いに耽る。
『閃光』のワルドは魔法衛士隊の見習い時代から率先して戦いの場に身を置いてきた。
地方貴族の小規模な叛乱からオーク鬼やコボルト鬼の討伐など、本来王の近衛としての性格を持つ衛士隊の任務からは外れる様な事までしてきたのは一重に己の力を高める為だ。
場数を踏み、火竜やメイジ殺しと呼ばれる傭兵とも杖を合わせ、全ての戦いに勝利を収めてきた彼をもってしても、婚約者の召喚した使い魔は規格外だと感じざるを得なかった。
正直なところ、今回の任務を聞いた時には何故マザリーニやオールド・オスマンは止めなかったのかと思ったものだが、こんな使い魔が同行するならば話は別だ。
ただのスケベジジイにしか見えない様でいて実は生徒思いのオスマンが戦地に教え子を送り出すのを認めたと言うのだから、その実力は押して知るべしといった所であろう。
強いというのは自分にもよく分かる。伊達に場数を踏んでいる訳ではない。目の前の敵の実力を看破するのは生き残る為の基礎技能だ。
問題は、クロコダインと名乗った使い魔が『どれだけ強いか』である。
人語を解し、武器を使いこなす、獣の体躯を持った戦士。
正面からやりあった場合、自分が負けるとは少しも思わないワルドであったが、無傷で勝てると思うほど自惚れてもいなかった。
(何にせよ情報が少なすぎる。どんな戦い振りなのか、1度拝んでみたいものだな)
一介のメイジとして腕試ししてみたい気持ちがない訳ではないが、任務中にそんな事で消耗するなど以ての外だ。
(まあいいさ)
進行方向を手振りでクロコダインに指示しながらワルドは思う。
(僕が相手をしなくても、世の中には『相手の実力も判らない間抜けな盗賊』や『悪漢に雇われた命知らずの傭兵たち』がいるだろうから、な)


540 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 22:57:30 ID:O6f4tDpd
指示を受けて飛ぶ方向を修正しながら、クロコダインはワルドから目を離そうとはしなかった。
「どうしたんだい?」
後ろから疑問符を飛ばすギーシュに何でもないと答え、逆に気になっていた事を聞いてみる。
「なあギーシュ、魔法衛士隊というのはやはり腕の良い者たちが多いのか?」
「そりゃあそうさ。何と言っても近衛部隊だからね、国中のメイジの中でこれはという腕利きが集う、いわばエリート中のエリートだよ」
なるほどな、と呟きながらクロコダインは昨日の事を思い出していた。
王女の護衛たちは1人の例外もなく、少しの隙すら見せずに周囲を警戒していたが、その中でも別格だと感じたのがワルド子爵だったのだ。
聞けばルイズの婚約者でもあるという。
そんな関係ならば、行幸時にルイズが王女から目を離してしまっていても不自然ではない。
風系統のメイジという事だが、その実力はかなり高いとクロコダインは踏んでいる。少なくともギトーなどよりは。
そんな優秀なメイジが任務に同行しルイズを守ってくれるのだから有り難い。
そうクロコダインは考えようとしていたのだが、その一方でどこか違和感を感じていたのもまた事実である。
ワルドは王女の依頼を受けたというが、宝物庫での話は他言無用とマザリーニは念を押していた。
口が固いとは言い難いギーシュも事の重大性を理解し、ギムリやレイナールといった仲間たちにも黙ったままでこの旅に参加しているのだ。
(彼が裏切り者とは思いたくないが、な)
とは言え、かつてロモス国王の側近として妖魔学士ザムザが潜入していたという事をクロコダインはダイやポップたちから聞いていた。
結果的に倒せたもののかなり苦戦したというその戦いに参加してはいなかったが、ザムザの最期の言葉は彼の心に強い印象を残している。
勿論この事だけで積極的に疑う理由にはならないのだが、警戒しない訳にもいかない。
まさか当の王女が本当に依頼したとは思わず、クロコダインはどこか気が引ける思いをしながらもワルドに対する少しの疑心をひとり抱える事になった。


541 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:00:03 ID:O6f4tDpd
港町、ラ・ロシェールは峡谷に挟まれた小さな町である。
魔法学院からは早馬で2日はかかるのだが、空を飛んでいる事もあり、途中で休憩を何度か取りながらも夕刻には町が見える所まで来ることが出来た。
アルビオンへの玄関口としての性質を持っている為、常に3千人以上の人間が闊歩する活気のある町だ。
その入口を遠くに見ながら、ルイズたちは顔を突き合わせて相談事をしていた。
「このまま入る訳にはいかないわよ、ね」
ルイズの言葉に一同は頷く。
ワイバーンやグリフォンは当然として、クロコダインも町中には入れない。
なにしろ3メイルの巨体を持つ獣人である。目立ち過ぎて極秘任務どころの話ではない。
そしてワルドもこのままではラ・ロシェールに入る事は出来なかった。
何故なら王女から依頼を受けたのが余りにも急だったため、魔法衛士隊の制服のままでここまで来てしまっていたからである。
元々ゲルマニアへの訪問は短期間ですむ予定であり、ワルドら護衛の者たちは制服と夜の休憩時などに着る平服や下着しか持ち合わせていなかった。
王を守る魔法衛士隊はトリステインの貴族の中でも花形で、当然の事ながらその制服姿は国民にも広く知られている。
今までは空を飛んできたので問題なかったが、この格好でラ・ロシェールに入ったら何事かと思われるのがオチだ。
残りの面子で問題ないのはルイズとギーシュだが、この2人を先行させるのもいささか不安が残る。
ワルドもクロコダインも口には出さなかったが、上記の2人は共に貴族の子女で世慣れていない為、情報収集や宿の選択などが上手くいくとは思えなかったのだ。
「まあ僕はこの帽子と上着を脱げば何とかなるとして、だ」
ワルドは外套を外しながらクロコダインらの方を見る。
「オレたちは町中に入ってはいけないだろう。外で待っているが、出来れば何かあった時にすぐ駆け付けられる場所がいいな」
ラ・ロシェールにはアルビオンから流れてきた者も多くいる。当然その中にはレコン・キスタ側の人間もいるだろうし、普段からあまり治安の良い土地柄でも無い。
出来る限り危険は避けなければならなかったが、少ない戦力を更に分断するのは得策ではなかった。
「それなら崖の上がいいだろう。僕のグリフォンも連れてはいけないし、一緒に待機させて貰おうか」
2人は同時に切り立った岩の壁を見上げた。山間だけあって日が沈むのも早い。
「そろそろ町に行きませんか? 細かい事は後で打ち合わせるとして」
確かに使い魔との感覚共有を利用すればそれも不可能ではない。
実際のところ、ルイズとクロコダインは未だ感覚の共有は出来ていなかったのだが、この場合はヴェルダンデやグリフォンに中継してもらえばさしあたって問題はないだろう。
では、とルイズたちがそれぞれ行動し始めた時、ふいに風を切る音がした。


542 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:02:30 ID:O6f4tDpd
「伏せろッ」
クロコダインは即座にルイズたちの前に出てデルフリンガーを横薙ぎに振るう。
「やあっと出番かよ相棒!」
デルフリンガーの声と共に、両断された数本の矢が地面に落ちた。
同時にワルドが唱えた呪文が発動し、彼らの周囲に強力な風の結界が発生し更に撃ち込まれた矢を逸らす。
「な、なんだ!?」
既に夕陽は山の向こうに落ちようとしており、急速に暗くなっていく山道でギーシュが混乱した声を上げた。
いいから伏せなさいよ、と素直に言う事を聞いて地面にうつ伏せになっているルイズが注意する。
こちらの位置を特定する為か、上から松明が降ってきた。いずれも結界に弾かれるが火は消えず、ルイズたちの姿を照らし出す。
「ここへきて襲撃か……。どう思われる?」
「矢を使うという事は貴族ではないのだろうな。目的が解せないが、まあそれは彼ら自身の口から聞こう」
油断なくデルフリンガーを構えるクロコダインの問いに答えながら、ワルドは傍らのグリフォンに跨った。
「僕が敵の注意を惹きつけながら上に上がる。こちらで結界を張り続ける事は出来ないが、その間ルイズを守って欲しい」
「分かった。伏兵がいないとも限らんし、この道の狭さではワイバーンはいい標的だからな」
そう言ってグレイトアックスをさらに抜くクロコダインである。真空系呪文を応用して攻撃を防ぐのは彼の十八番だった。
そんな2人を心配そうに見つめるルイズに、ワルドは笑みを見せて言う。
「そんな顔をしなくとも大丈夫さ、僕のかわいいルイズ。これくらいの敵で怯んでいてはグリフォン隊など勤まらないからね」
更に、ようやく状況を理解してワルキューレを作り出すギーシュにも声を掛ける。
「君の働きにも期待しているよ、ミスタ・グラモン。兄上からはよく話を聞いているからね」
「僕の兄をご存知なのですか!?」
驚くギーシュにワルドはあっさりと言った。
「武門の誉れ高きグラモン家の次男坊は僕の同級生でね。さあ、詳しい話は後でするとしよう!」
時間が惜しいとばかりにグリフォンに飛び乗って崖の上を目指そうとするワルドであったが、ふいにその動きを止める事になる。
ルイズやクロコダインにとっては聞きなれた羽ばたきが聞こえたからだ。
「風竜だと?」
「シルフィード! でもどうして!?」
それは間違いなく同級生が召喚した使い魔の姿だった。
猛スピードで飛んできた蒼い竜は一端上空をフライパスすると、その背から崖に目掛けて炎の塊と小型の竜巻が襲い掛かる。
それを見たルイズは竜の背に誰が乗っているか一瞬で把握し、そして思った。
どうやったら学院まで追い帰せるかしら、と。


543 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:04:44 ID:O6f4tDpd
シルフィードが降りてきたのはそれから5分ほど後だった。
ご丁寧に襲撃者たちを『浮遊』の魔法で一緒に降下させている。彼らは地面に降りた瞬間、ギーシュのワルキューレによって捕縛された。
「ハァイ、お待たせー」
至って軽い口調でシルフィードの背から降りてきたのはキュルケである。その後ろには当然と言うべきか、タバサの姿もあった。
シルフィードはかなりのスピードで飛んできたらしく疲労困憊しており、そんな彼女をサラマンダーのフレイムが心配そうに覗き込んでいる。
ルイズは自分の予想通りの結果に頭を抱えそうになったが、なんとか気力を奮い立たせた。
「待ってないわよっていうか、なんであんたたちがここに来るのよ!」
「珍しく早起きなんてしたらどこかの誰かさんたちが裏門から出ていくのが見えちゃってね。何か面白そうだからタバサ誘って追いかけてみたのよ」
しれっと答えるキュルケの後ろでは、我関せずといった風情のタバサが本を読んでいる。
「ねえ、色々と突っ込みたいのを無視して聞くけど、何でキュルケは普通の服着てるのにタバサは寝間着なのよ!?」
「朝早かったし、急がないと追いつけないでしょ」
火に水をかけたら消えるでしょ、と言うのと全く同じ口調で答えるキュルケにルイズは戦慄を覚えた。ていうかホントに友達なのこの2人、と。
当のタバサは全然気にしていない様子なのだが、かえってこっちが気にしてしまう。
せっかく目立たないように町に入る相談をしていたのに、パジャマ姿のメガネっ娘が一行の中にいては色んな意味で台無しだ。
「一応言っておくけど、わたしたちはお忍びで来てるのよ?」
「ふふふ、そんな事言われてないから分かる訳がないわね!」
正論だけど胸を張るな、とルイズは思った。
同時に行き先とか目的とか色々推測されそうだ、とも思う。目の前にいる女は家系的にも出身国的にも性格的にも体型的にも気に喰わないが、決して愚かでは無い。
まあ何か聞かれたらノーコメントで通すとして、先ずは目の前の問題を片づけなければならないと気持ちを切り替える。
「タバサ、ちょっとこっち来て。わたしの予備の服を貸すから」
サイズ的には問題ない筈だ。ただ2才年下の子とサイズがほぼ同じという現実からは断固として目を逸らす所存のルイズだが。
「感謝」
素直にタバサが従ったのは空気を読んだのか、それとも内心ではやはりパジャマはないと思っていたのか。
シルフィードの陰で生着替えを始めるつもりの親友を見送りつつ、キュルケはラ・ロシェールで服を奢らないとダメかしらなどと考えていた。


544 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:07:39 ID:O6f4tDpd
一方、男衆は襲撃者の尋問を始めていた。
「では、君たちはただの夜盗の類であり、我々が金を持ってそうだから襲ったと?」
青銅の戦乙女に羽交い絞めにされている賊を見ながら問い質したのはワルド子爵である。
ああそうだ、と頷く男たちに対し、クロコダインは解せないという表情を隠しもしなかった。
「どう思われる?」
そう聞かれたワルドもクロコダインとよく似た表情をしており、肩をすくめてあっさりと言った。
「まあ嘘でしょうな。商隊とかならまだしも、このメンツを見て襲いかかるほど夜盗というのは命知らずでも無い筈だ」
ルイズとギーシュだけならばともかく、まだ魔法衛士隊の制服を脱いでいなかったワルドや幻獣グリフォン、そしてクロコダイルの様な獣人がいるのだ。
まだ空には夕陽が出ていたのだから、服装や標的人数などを確認できなかったとは考えにくい。
いやそんな事はない、俺たちは盗賊だと主張する彼らに対し、ワルドは笑顔のままで言った。
「ミスタ・グラモン、すまないがそのゴーレムを少しジャンプさせて貰えるかね?」
ギーシュは言われた通り、男たちを羽交い締めにさせたままワルキューレを跳躍させる。
すると彼らの懐の辺りから、着地と同時に何故かチャラチャラと音がした。容赦も遠慮もなくワルドが服を探ると、エキュー金貨が入った小さな布袋が出てくる。
「最近の盗賊は、こんなに裕福でも人を襲うのかね?」
しばらくは遊んで暮らせるだけの金貨を片手にしての問いに、襲撃者は少し考えて言った。
「……いや、それはあんたらを襲う前に一仕事していてな?」
仲間たちも口々にそうそう、などと言うが、残念な事に説得力は欠片もない。
ワルドは彼らから目を離し、後ろにいたクロコダインに話しかけた。
「話は変わるが、随分立派な剣を持っておられるようですな」
「お、分かるかい兄ちゃん! いい眼をしているじゃねぇか」
しかし上機嫌で答えたのは、まだ鞘にしまわれていなかったデルフリンガーだった。任務中なので当然錆など浮いていない真剣モードである。
「おお、マサカインテリジェンス・ソードだったとは! ならばさぞ切れ味もいいのでしょう」
「おうよ! このデルフリンガー様と相棒なら人間なんぞ縦に両断できるぜ!」
「それは凄い。後学の為に是非見せていただきたいものだ」
子爵と剣のノリのいい会話にクロコダインは苦笑する事しきりであったが、反比例するように拘束された男たちの顔色は悪くなっていった。
「ああ、出来れば1人は残してもらえるかな? というか、素直な口はひとつあれば充分なのでね」
男たちの口が全て素直になったのは言うまでもない。


545 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/14(火) 23:10:03 ID:O6f4tDpd
タバサが着替え終わるのを待って、ルイズたちはクロコダインたちのいる方へと向かった。
「何か分かった?」
「ああ、どうやらオレたちの行動は筒抜けになっているようだ」
渋い顔で答えるクロコダインに、ルイズらも緊張した面持ちになる。
襲撃者の話を総合すると、彼らはそもそも物盗りではなく傭兵であった。
アルビオンでは王党派に雇われていたが、旗色が悪くなってきた為さっさと逃げ出してきたらしい。
しかし命は拾ったがその分どうしても懐は寒く、どうするかと思っていた時に謎の男女から今回の仕事を持ち込まれたのだと言う。
素性が知れない上に前金でエキュー金貨を用意するなど、正直怪しい事この上も無かったが、まあいざとなれば逃げ出すだけの事だ。
「それで捕まってたら意味ないわね」
捕まえたキュルケが一刀両断する横で、ルイズは考え込んでいた。
謎の男女とやらの情報を聞くと、男の方は白い仮面をつけており、女の方はフードを深く被っていたが間違いなく若い美人であるという。
傭兵の観察眼はともかくとして、問題は依頼主の目的である。
狙いが自分たちなのは間違いないとして、その目的は一体何なのか。
アルビオン行きを知っているのは片手で足りるほどの人間しかいないのに、何故こちらの動向が知られているのか。
学院を出発したのは今日の早朝なのに、ラ・ロシェールへ到着する頃には傭兵を雇って襲わせるなど並の手腕では無い。
これまで以上に気を引き締めないと、などと考えていたルイズがふと前を見ると、隣にいた筈のキュルケがいつの間にかワルドにアプローチをかけていた。
ふふふ流石はツェルプストーね死にたいのかしら殺すわ、と何か暗黒闘気っぽいオーラを出しつつ2人の元へ向かう彼女だったが、想像に反してキュルケは少し話しただけで「つまんない」とばかりにワルドから離れて行く。
予想が外れて思わず拍子抜けするルイズの姿を認めたワルドは笑いながら言った。
「なかなか個性的な友人がいるみたいだね、ルイズ」
「あんなのは友達なんかじゃありません!」
まあまあ、と宥めながらワルドはちらりとキュルケらの方を見る。
「彼女たちがここまで追いかけてきたのは君を心配しているからだろう。しかしラ・ロシェールまでならともかく、その後はある程度事情を話して引き返して貰った方がいいと思うんだが」
ルイズもそのつもりではあったが、素直に言う事を聞いてくれるとも思えない。これまでの言動的に考えて。
「色々と予定外の事が起きたが、これからどうする?」
そこへ傭兵たちの見張りをギーシュに任せたクロコダインがやってきて尋ねた。
「基本的な方針は変わらない。あの傭兵たちはラ・ロシェールの衛士に引き渡すとして、途中合流の彼女たちが僕らと、あの風竜とサラマンダーが君たちと一緒に行動する位だね」
そうか、と頷くクロコダインにルイズは心配そうな顔をする。
「一緒には行けないけど、フネが確保出来たらすぐに連絡するからね。食べ物とかも用意するつもりだから、余りムチャしちゃダメよ」
どこに敵が潜んでいるか分からない状態で別行動をとるのは、未だクロコダインとの感覚共有が出来ていない事もあって気が乗らないのだが、目立ってはいけないのだから仕方がない。
もっともクロコダインの方も同じ様な心配をしていた。実に似た者同士の主従といえよう。
「ルイズも無茶はしてくれるなよ。何かあったらすぐ呼んでくれ」
ギーシュらと一緒にいれば、襲撃があっても使い魔経由で連絡がつく。町の付近に陣取っていればそれほど時間をかける事無く合流できるだろうとクロコダインは考えていた。
「さて諸君。そろそろ行動を開始しよう」
ワルドは手を打って注意を引き、全員の注目を集める。
メイジたちは揃って町へと向かい、使い魔一行はグリフォンとシルフィードに分乗して当初の予定通り崖の上へ飛び立った。
そんな彼らを見送りつつ、ワルドは小さく呟いた。
「今日の最終便に間に合わせるつもりだったが、時刻を考えるともう無理だろうな。明日の午前中にフネが来ればいいんだが……」
「あの襲撃がなければ乗れたかもしれないのに!」
悔しがるルイズの後ろでギーシュが肩をすくめる。
「仕方ないさ。それよりボクは少し休んで腹ごしらえがしたいよ」
「そうねぇ、料理は期待できるのかしら」
「そういえばあんたたち、旅費はあるんでしょうね!?」
そんな事を言いあいながら、若きメイジたちは峡谷に挟まれた街の光に近づいていくのだった。


615 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 20:50:25 ID:MlCewJkM
虚無と獣王
25  虚無と道化

ルイズたちが決めた宿は『女神の杵』亭という、ラ・ロシェールで最も高価な貴族向けの店であった。
ちなみに宿泊代はさりげなく傭兵達から巻き上げたエキュー金貨を使用している。
ささやかな意趣返しさ、と笑ったワルドは今ここにはいない。一応念の為にと、桟橋にフネがないか確認しに行ったのだ。
「へえ、いい宿じゃない」
感心するキュルケをルイズとギーシュは半目で見つめる。
「そりゃ自分の金で泊まるんじゃないものね」
「まさか夕食代くらいしか持っていないとは思わなかったよ。というかボクたちと合流できなかったらどうするつもりだったんだ?」
2人のツッコミをキュルケは聞こえない振りで乗り切った。
実のところ、マザリーニやオスマンから充分な路銀を預かっているので2人ばかり同行者が増えてもそれほど問題はないのだが、そこはまあ気分である。
「やあ、待たせたかい?」
とりあえず食事でも頼もうか、と1階の酒場に向かう一行にワルドが合流した。
桟橋からの帰りに古着屋で見つけた、おそらくはどこかの船員が着ていたのだろうピーコートを羽織っている。
「ワルドさま!」
「首尾はどうでしたか?」
駆け寄るルイズとギーシュに、ワルドは渋い顔をした。
「やはり今日の最終便は出てしまっていたよ。明日の午後にフネは来るようだが、出航は明後日の予定だそうだ」
「そんな! 急ぎの任務なのに!」
ルイズが思わず声を上げる横で、ギーシュは納得した様子でひとりごちる。
「そういえば明日は『スヴェル』の夜でしたね。じゃあ仕方ないかな」
怪訝な表情を浮かべるルイズにワルドが説明を入れた。
いわく、アルビオンへの航路が最も短くて済むのが『スヴェル』の夜の翌朝であり、燃料を節約する為に明日フネを出す様なモノ好きはいないのだという。
「でもよく知ってたわねそんな事」
いつの間にかこちらの話を聞いていたらしいキュルケに、ギーシュは肩をすくめて言った。
「以前兄から聞いたんだよ。アルビオン軍との合同演習があった時に、熟練の船乗りから教えられたと言っていたよ」
「まあ交渉次第ではフネを出してくれるかもしれない。まず今日のところは英気を養うとしよう」
そうまとめて、ワルドは酒場の主人に注文を入れ始めた。


616 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 20:52:26 ID:MlCewJkM
一方その頃、トリスタニアのいつもの店ではまた某公爵と某元帥がのたくっていた。
ちなみに今回はその2人に加え某宰相が加わっている。
「あ、ガリア産の白、20年物を。あと牛肉の赤ワイン煮と若鶏の小悪魔風ローストもよろしくお願いします」
下働きの少女にも丁寧口調で注文するマザリーニを見て、グラモン元帥は呆れた顔をした。
「なあ、いつも思うんだけどよ。酒だの肉だの喰ってもいいのか、一応は宗教の偉い人だろお前」
対してマザリーニは、物凄く意外な事を言われたという顔を作る。
「何を言っているのですか。ワインや肉は始祖の血であり体でもあるのですよ? 私はそれらを敢えて摂る事で自らの罪深さを噛み締めているのです」
「本音は?」
半目で尋ねるヴァリエール公爵に宰相はたちまち相好を崩した。
「別にいいじゃないですか酒と肉ぐらい食べても、ここはロマリアじゃないんですから。大体こんな美味しい物を食べずにいるなど、それこそ神への冒涜ですよ」
ああ早く注文の品が来ませんかねぇとそわそわするマザリーニである。
「なあ、破戒坊主ってのはこういう時に使う言葉だよな?」
「ああそうだな、なんちゃって元帥」
「おや、親バカ公爵殿が何か言っておいでですが」
これで3人とも酔っていないのだからどうかしている。
「いつもの調子になった所で、料理が来る前に『旅』の成果を聞かせて貰おうか」
ヴァリエール公爵の問いに、マザリーニはまあ普通はそう来るでしょうねと思い、密かに溜め息をつく。
語らなければならない事は多く、しかもその大半はいい知らせではない上に、この長年の友人が確実に怒り出すネタが最低一つは含まれているのだ。
正直言いたくないのだが、黙っていて後でバレた時の方がより騒動になる。
久しぶりに食べる肉が不味くならない様に祈りながら、宰相は事の次第を説明し始めた。


617 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 20:54:29 ID:MlCewJkM
貴族を相手の商売だけあって、『女神の杵』亭は上等な料理を出す。
メインとなるのは当然トリステイン料理だが、隣国であるアルビオンからの客も多いので、そちらのメニューも存在はしていた。
ルイズたちは無難に自国のものを注文していたが、キュルケは話のタネにとアルビオン料理を頼み、結果としてその微妙な味に閉口する事となる。
「……なに、この、スパイスの代わりにありったけ油を投入しました的な、素材の味を全部殺したような」
「向こうの料理はダメだダメだと聞いてたけど、そんなにダメなの?」
もう何かひどく複雑な顔のキュルケを最初は笑っていたルイズだったが、ここまで言われると逆に興味が沸く。
「もうね、私が言うよりちょっと食べてみた方が早いわ」
いやいらないから、と即座に返したルイズに舌打ちするキュルケだった。
「少し勘違いをしておられるようだ、ミス・ツェルプストー」
子羊肉のワイン煮を優雅に口に運びながらワルドが会話に加わる。
「というと?」
「ここで出ているのはあくまで『トリステイン風のアルビオン料理』という事さ。高級店とはいえ、完全に彼の地の味を再現するのは難しい」
流暢な説明を聞いて一同はそれぞれ納得した表情を浮かべた。
「じゃあ本場はもっと食べられる料理が出るのね」
「ちょっと安心したよ。任務中とはいえ、やはり食は大事なものだからね」
そこへ本を読みながらハシバミ草のサラダを食べていたタバサが口を挟む。
「その逆」
「は?」
同級生が疑問符を浮かべる中、1人真意を読み取っていたワルドが苦笑と共にフォローを入れた。
「マンティコア隊の隊長殿が前に言っていたよ。『本場のアルビオン料理はこんなものじゃない、もっとおぞましい何かだ』と」
学生たちは揃って俯き、ゆっくりとうなだれていく。
一方、ワルドはそんな反応を見て少し焦りを感じていた。
(あれ? あれえ? ここで笑いがとれると思ったんだが、ひょっとして外したのか僕は?)
ワルドは焦りを理性で押さえ付け、冷静に状況を分析する事にした。
今まではこの手のネタを話せば、少なくともグリフォン隊の部下や他の隊の連中だったら確実に『それ料理じゃねえよ!』とツッコミが入って笑いがとれた。
またそれなりにお付き合いのある宮廷夫人などなら『まあ、ワルド様ったらおかしな方!』と上品に笑う場面だった。
しかし現実にルイズたちには沈黙の帳が降りており、なんというか非常に気まずい状態だ。
いやしかし僕の学生時代を基準にしてもこの手のネタはウケてたぞ。でも今考えるとあのメンツが特殊だったのか? まてまて友人たちを特殊とか言ってはダメだ。鏡見ろよとか言われそうだし。
これはあれか? ジェネレーション・ギャップという奴か? 10歳の年の差は深刻だというのか始祖よ!?
実を言えば、学生たちが黙ってしまったのはただ単にこれから行く国のメシが不味い事に絶望したからなのだが、それに気づかないままワルドの脳内会議は続く。
(どうする、何かフォローをいれるべきか? しかしここで更に外したらルイズの僕に対する印象は素敵な婚約者からただのすべりキャラに変更確実だ。それはまずい、速やかに対処しなければ! でも何をどうやって!? そうだ、ここはひとつ話題を変えてみよう!!)
とはいえ相手は10年振りに再会した少女だ。相手が乗ってきそうな話題はかなり限られる。
「ところで学院生活はどうだい。コルベール先生は元気にしておられるのかな?」
学院の話ならばルイズたちは現役だし、自分も卒業生という事で悩み相談にも乗れるし、先輩として当時の思い出を語る事が出来る。
これならさっきの様に沈黙が場を支配する事もあるまいという、『閃光』のワルド渾身の一策であった。
そして実はまだワルドと何を話していいか分からず悩んでいたルイズは、これ幸いと話題に乗ってくる。
「熱心に教えて下さる良い先生です。ただ、よく分からない発明品とかを持ち出して授業が脱線する事も多いんですけど」
「あれさえなければいい先生だと思うんだけどね」
「そういえば何であの先生だけ自分の研究室なんか持ってるのかしら」
ルイズだけではなくギーシュやキュルケも話に参加してきた。
オーケー流石は僕だネタにされた先生には悪いが作戦大成功! と心の中でガッツポーズをとるグリフォン隊隊長殿であったが、当然そんな態度はおくびにも出さない。


618 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 20:56:31 ID:MlCewJkM
「はは、相変わらずの様だね。そうか、僕たちが作ったあの研究室はまだ現役だったか」
ワルドの言葉にルイズたちは顔を見合わせた。
「あの、ワルド様があの魔窟、じゃない、小屋を造られたのですか?」
週に一度は爆発音や謎の異臭騒ぎを起こすコルベールの研究室を、生徒たちは密かに魔窟と呼んで親しんできた。
「参加したのは僕だけじゃないよ。ミスタ・グラモンの兄上やルイズ、君の姉上も一緒だった。まあ、ちょっとしたペナルティとしてね」
「ラウル兄さんがですか?」「エレオノール姉様が!?」
末っ子二人が声を上げる。ワルドの口に上がった人物は学生時代からトライアングルの腕前を持つ優等生であった事を、身内の彼女らはよく知っていたからだ。
そんな姉や兄、そしてワルドが罰則をくらうというのは正直信じ難いものがある。
「君たちはどうか分からないが、僕らが学生の頃は色々と問題を起こしたり悪ノリをしたりする輩がいてね。いわばそのとばっちりを受けた様なものさ」
笑顔で、しかしどこか遠くを見ながらワルドは昔を思い出していた。
「そういえば、子爵は兄上と親しかったと言っておいででしたが」
「ああ。ラウル・ド・グラモンはクラスが同じで寮の部屋も隣同士だったからね。不思議とウマがあってよく一緒に行動していたが、真面目で硬派な彼は男女問わず人気があったよ」
ワルドの返答を聞いた女性陣は一斉にギーシュを見る。
どちらかと言えば不真面目でナンパな彼の兄がそんな好人物とは思いもしなかったのだ。
特にルイズは父親からグラモン一族の男は漏れなく女にはだらしがない、と聞いていたので余計にワルドの人物評には違和感を覚えた。
一方ギーシュは「な、何かね!? 何故ボクをそんな目で見るんだ!?」と落ち着きを無くしている。
「グラモン元帥は昔から『戦と色恋沙汰には負けた事がない』と豪語する人柄なのは有名でね。ところがその息子が何通恋文を貰っても丁重に断ってしまうので皆不思議に思ったものさ」
ますますギーシュの兄とは思えない言動であり、ルイズらの困惑は深まる一方だった。
「で、なんでそんなもったいない事をと詰め寄るバカがいた訳だが、それに対して『父のあの言動は軍人として輝かしい実績を残しているからこそ受け入れられているものだ。ボクのような青二才が真似してもいらぬ反感を買うだけだよ』とか答えてしまう堅物でね」
出されたワインが高級だったせいか、ワルドの口も滑りが随分と良くなってきている。
しかし友の名誉の為に、その後妬み全開の同級生たちによってラウルが『解剖』『舞踏会』のコンボを喰らっていた事実については伏せておく事にした。
そう、これは友の為であり、その場のノリで自分も参加していた事を知られないようにする目的など断じて無いのだ。
「先程からお友達の事ばかりですけど、ご自身はどうでしたの? さぞおモテになったのではとお見受けしますけれど」
そう言ったのはキュルケである。
私の前でそんな話題を出すとはいやがらせかコラ、とルイズは再び黒いオーラを放つ。だから彼女は、キュルケの瞳にどこか試す様な、何かを確認する様な光がある事には気付かなかった。
「恋文などを貰った事がないとは言わないが、僕にはルイズという可愛い婚約者がいたからね。申し訳ないが、と断っていたよ」
おお、と一同は一瞬感心し、でもその当時ルイズってまだ6才位よね、とワルドを特殊な性癖の持ち主なのかと疑った。
ひどく不名誉な扱いにされた様な雰囲気を察したのか、ワルドは更に言葉を続ける。
「というか、うっかりオーケーの返事を出すと『あんたにはうちのちびルイズがいるでしょうが!』と怒り出す素敵な上級生というか未来の義姉がいらっしゃったのでね」
ふふふ、と爽やかでありながらどこか煤けた笑みを浮かべるワルドに、ごめんなさいごめんなさいとルイズは姉の代わりに頭を下げるのだった。


619 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 20:59:39 ID:MlCewJkM
ラ・ロシェールを見下ろす事の出来る崖の上で、クロコダインを始めとする使い魔たちは食事を摂っていた。
ルイズは何か食事を調達するつもりだったようだが、時間が遅いのとワイバーンにある程度の食物などを積んでいたので、今夜はそれを消費する事にしたのである。
本来はクロコダインとヴェルダンデ、ワイバーンだけの予定が、グリフォンにシルフィード、フレイムが加わった為、実のところ消費量が半端ではない。
特に好物のミミズを現地で供給できるヴェルダンデ以外は全員『好物:肉』属性である。
学院の地下には非常用食料の保管用として魔法を応用した冷蔵室があり、彼らはそこから保存肉などを持ち出していた訳だが、こんな事ならもう少し持ってくるべきだったとクロコダインは痛感した。
最初はどこか遠慮がちだったワルドのグリフォンも、シルフィードの旺盛な食欲に釣られたのか、あるいは早く食べないと取り分が無くなると気付いたのか今は必死に肉を啄んでいる。
(あっ、なにそこの食べてるのね赤いの! わたしの陣地に手を出してからにー!)
(やかましい、こんなもんは早いもの勝ちだ! そもそも勝手に陣地とか決めるな青いの!)
(というか食べ過ぎだろう)
(ツッコまれた! 新入りにまでツッコまれたのねー!)
騒がしい事この上もない。
シルフィードにしてみれば、早朝にたたき起こされてほとんど休憩もなしに全速力で飛ばしてきたのだから、その分肉を食べてもいいだろうむしろ食べるべきなのねという考えだ。
仮にも魔法衛士隊のグリフォンを新入り呼ばわりするのはまだ精神年齢が幼いせいだろうか、それとも単にクソ度胸があるだけなのか。
(喧嘩は良くないな。ぼくのミミズを少し分けてあげよう)
(いらないのねー)(いらん)(遠慮する)
(こんなに美味しいのに、みんなはいらないと言う)
ちなみにワイバーンの発言がないのは、自分の分を食べた後、さっさと『魔法の筒』の中に入っていたからである。
なまじ外に出ていると腹が減るだけなので、満腹状態で待機しておいた方が食料の節約にもなるという判断だった。
そんな彼らを背にしてクロコダインはラ・ロシェールを見下ろした。
崖の上から町を見ても、特に騒ぎは起こっていない。
襲撃があればシルフィードらの感覚共有ですぐに分かるし、またキュルケやタバサといったトライアングルクラスのメイジが加わったとはいえ、ルイズの事が心配なのに変わりはなかった。
この体では町などで共に行動できないのは重々承知していたが、ルイズの能力は一般人に近い。かつての仲間たちの様に、目的に応じて少数での行動を取らせるには不安が大きかった。


620 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 21:02:04 ID:MlCewJkM
「しかしなんだな。随分と心配性だね、相棒も」
そう茶化す様な声を上げたのは、地に突き刺さっているデルフリンガーだ。
このインテリジェンス・ソードは意外と寂しがりだったので、移動中は無理でも休憩時などにはなるべく鞘から出すようにしていた。
「そう見えるか?」
「見えるねぇ。まるで年頃の娘を持った父親みてぇな感じだぜ? いや、俺は娘とかいねえけど」
当たり前である。
それはともかく、娘はおろか嫁もいないクロコダインはこの剣の言い草に苦笑するしかなかった。
「父親云々は置くが、あの娘はどうにも危なっかしくてな。たまに『もう少しゆっくり歩いてくれ』と言いたくなる」
一人前のメイジに、立派な貴族にならんとするルイズの姿勢をクロコダインは好ましく思っているのだが、理想に至るまでのプロセスがいささか性急だとも感じていた。
「確かになあ。今回の事だって別に人任せでも良かったんじゃねえの?」
俺っちとしては戦場に行けるのはありがてえんだけどよ、と笑い声を上げるデルフリンガーだ。宝物庫で飾られていたのが余程退屈だったのだろう。
「おそらく、ルイズの身近にいる人物の中に手本となる様な貴族がいるのだろうな。順当に考えれば父親や母親なんだろうが」
自らの理想となる程の存在に比べ、魔法成功率ゼロの自分が情けなくて、悔しくて、そして申し訳なかったのではないかとクロコダインはルイズの心中を想像した。
だから一刻も早く魔法が使えるようになりたいし、貴族としての矜持を大切にするのではないか。
ルイズが公爵家の一員である事は知っているが、それがどれくらいの地位なのかクロコダインには判らない。
ただ、暴走しがちな性格に隠れている生真面目で努力家な一面は親の教育による面が大きいのだろう。
「だからな、オレみたいなのを父親に例えるのはやめてくれ」
そんな事を訥々と語るクロコダインである。
しかし、実のところ元いた世界では死を選ぼうとした同僚の剣士に男としての生き方を説いたり、友を救う為にあえて撤退を選択した魔法使いの考えを理解してフォローしたり、
仲間の大ネズミにかつて使っていたアイテムを譲ったりと、パーティーの中では割と家長的な立場だったりしたのだが。
そんな事は知る筈もないデルフリンガーだが、それでもラ・ロシェールから目を離さない今のクロコダインを見るとこう思わざるを得なかった。
「なあ、やっぱり心配性の父親みてえだぜ、相棒」


622 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 21:04:11 ID:MlCewJkM
「ハハハ流石はマザリーニだ死にたいのだな殺そう」
例の酒場で、宰相から事の次第を聞き終えたヴァリエール公爵の第一声がこれであった。
予想通りの反応にマザリーニは思う。
料理を食べながら話したのは正解でしたね、と。
ゲルマニアとの交渉から話し始めた為、全てを語り終えるまでに注文したメニューは全て彼らのテーブルに運ばれていたのである。
公式の場なら食事しながら重要案件を話すなど出来よう筈もないが、ここは下町の無国籍風味の酒場なので問題はありませんと、マザリーニはテーブルの下で親指を立てた。
一方、公爵はといえば物騒な台詞からも分かるように、口元には笑みが浮かんでいるものの額には青筋が浮かび、よく見れば手にした鉄製のスプーンが見事に折れ曲がっている。
この店ではお互いの名前を出すのは避けるという不文律すら忘れている有様だ。
「私の可愛い小さなルイズをアルビオンへ送り込んだ? お前もオスマン先生も一体何を考えている!」
「強いて言うならば、この国の未来を」
真顔で返すマザリーニに、一瞬公爵は言葉に詰まる。それでもなお反論しようとしたところに、横からグラモン元帥が口を挟んだ。
「まあちょっと落ち着けや。単独行ならともかく、使い魔とかうちの息子も一緒に行ってんだろ?」
「使い魔はともかくお前の息子と一緒なのは不安材料にしかならん! ああああ、嫁入り前によりにもよってグラモンの息子と旅に出るなどー!」
「幾ら俺の子供だからってこんなヤバげな任務中に女に手ェ出すほどアレじゃねえよ! てかあいつは典型的な末っ子気質のヘタレだぞ、自慢にならねえけど」
エキサイトする一方の友人を面倒臭そうに宥める元帥であったが、彼とて人の親である。末息子の事が心配ではあった。
「ま、お前の言う事にも一理はあるがな。このお使い、学生2人にやらせるにはかなりハード過ぎやしねえかオイ」
「残念ながら手持ちの札で切れる役はこれだけでした。ハードなのは百も承知ですが、この件を看過する訳にもいかないのが現状です」
厳しい顔のマザリーニに言い切られたグラモン元帥は、彼らしからぬ溜息をつく。
貴族として、また軍人として宰相の判断は間違いではないと理屈の上では分かるのだが、理屈で感情を抑えられないのが世の常だ。
まだ元帥は息子たちが軍務についているだけ耐性があるが、ヴァリエール公爵はそうもいかない。
魔法研究所で働く長女や病弱で屋敷から出る事も少ない次女、まだ学生の三女は戦場からは縁遠い存在なのだ。
そんな三女が、何故か魔法が使えないと来ているのにアルビオン行きを志願したというのだから、そりゃ冷静になれと言う方が無理だろうよと元帥は考える。
「それよりこの後はどうすんだよ。お前の見立てじゃ相手は操り系のマジックアイテム持ってんだろ? 後詰めの部隊送っても洗脳されたら意味ねえし、そもそも先に行ってる連中が操られちまったらどうにもならねえぞ」
そんな疑問に答えたのはマザリーニではなくヴァリエール公爵だった。
「いや、仮にそんな愉快アイテムがあったとしてもこの段階では使わないだろう。最終決戦を控えた王党派に使う筈だ」
「もっとも、それはこちらの動きにレコン・キスタが気付かない場合に限られます。故に大部隊を送り出すのは問題外、少数なら少数で敵の密偵ではない事を証明する必要がありますので、どうしても時間が掛かります」
続いてマザリーニが解説を入れる。
「八方塞がりだなオイ。いつもみたいになんか裏技じみた策とか考えろよ」
自分で打開策を考えはしない様子の元帥を、残りの二人は白い目で見つめた。
「要は信頼できて、更に腕の立つ者が追いかけていけばいいのだろう。それなら」
「突然アルビオンの空が見たくなったとか言い出すなよコラ」
「自分が行くというのは本気で無しにして下さいよ。貴方に万が一の事があっては本気でこの国が終わりかねません」
公爵のセリフを途中で遮ってまでツッコむマザリーニとグラモンであった。


623 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 21:06:16 ID:MlCewJkM
「ではどうするというのだ。悠長にルイズたちの帰還を待っていろとでも?」
と、そこへ彼らのテーブルに近づいていく一人の男が現れる。
「ああもう、やっぱりこんなところでのたくっておったか!」
声の主は彼らにこの店を教え込んだ張本人、オールド・オスマンだった。
「全く城におるかと思えばこんなところで酒盛りか! どうせなら『魅惑の妖精』亭に行っててくれれば超楽しめたものを!」
「いったい何事ですか老師。何というかこうイヤな予感しかしないのですが」
興奮状態のオスマンに戸惑って互いの顔を見合わせた三人だったが、一応最年少のマザリーニが代表して質問する。
先程の様子では、自分を捜して極力近づきたくないであろう王宮にまで足を運んでいる事が分かる。どう考えても只事では無かった。
「アンリエッタ姫直々の依頼により、グリフォン隊隊長が例の一行に同道している。そこで単刀直入に聞くが、ジャン・ジャック・ワルドは信頼に足る人物か?」
「なんですと?」「何故ジャンが!?」
マザリーニは自分の師が言った台詞が簡単には信じられず、ヴァリエール公爵は今は亡き友人の忘れ形見の名が出てきたことに驚いていた。
グラモン元帥もグリフォン隊とは職業柄顔を合わせる事が多い為、口には出さないもののかなり複雑そうな表情をしている。
ああもうあれほど口止めしたというのになんであっさり口外してますかあの(始祖的に検閲削除)は、と現実逃避気味の脳を押さえ付け、宰相はオスマンの質問に答えた。
「そうですな。まず腕については申し分ないでしょう。伊達にあの若さで衛士隊の隊長に就いてはいません」
「あん時ゃ色々外野が煩かったが、全部実力で黙らせやがったからな。割と地味に努力家だしよ」
元帥もまたマザリーニの意見に同意した。
「ただ彼は野心家でもありますし、同時に腐敗した貴族に対する嫌悪感も強いようです。一応私の手元に置く事でそれとなく行動を見ていたのですが……」
「なかなか尻尾は掴めなかった、か。スクエアクラスの風メイジだ、そう簡単にボロは出すまいよ」
言葉を濁すマザリーニの後を継いだのが公爵である。
彼はワルドがまだ幼い頃から知っていたし、酒の上での約束事とはいえルイズとの婚約を認めてもいた。
実を言えば、あの時は先代のワルド子爵と一緒に飲みまくっていて全く記憶が残っておらず、後で聞かされて大騒ぎになったという経緯があったりもするのだが。
それはともかく、ここ何年かはワルドが隊長職で忙しく、また公爵も軍の仕事から離れたせいか直接顔を合わせる機会はなかった。
だからマザリーニのワルド評は、公爵の知っている明るく才気煥発でありながら何故かエレオノールに頭が上がらなかった、あの小さなジャンとは余りに懸け離れている。
「なんにせよ、彼がレコン・キスタに通じている可能性は充分考えられます。それが己の意志か、それとも違うのかまでは分かりませんが」
「例のマジックアイテムか? あるかないかも分からぬ代物を警戒せざるを得んとはな」
渋い顔をする公爵だが、だからと言って楽観には傾かない。彼もまたマザリーニと同じく最悪を想定して動く事を強いられる立場にあった。
「取り敢えずなんちゃって元帥殿は適当に理由を付けてグリフォン隊を監視して下さい。まとめて寝返られたら収拾がつきません」
ゲルマニアから帰ったばかりでまだ宿舎に居る筈です、というマザリーニに対し、グラモン元帥は何故かにやりと笑って答える。
「仕方ねえな、お前らの任務成功を祝ってとか言ってどっかイイトコロに繰り出して飲み潰させよう。あ、当然費用はソッチ持ちだよな?」
宰相は死ねばいいのにという顔を隠そうともしなかった。
「馬鹿はさておいて、老師にはマジックアイテムについて調べていただきたい。何らかの対策が必要でしょうし」
学院長は不満を隠そうともしなかった。
「なんで馬鹿がイイトコロでタダ酒かっくらっとるのに仕事せにゃならん。後日何らかの補填を要求する!」
「無視して話を続けます。ヴァリエール嬢たちには応援をつけたいところですが、ワルド子爵が間諜だった場合を考えると下手に接触させるのも逆効果かと。何か妙案はありませんか?」
体育座りでめそめそウソ泣きを始めたオスマンを全力で無視しつつ、大人たちは知恵を絞り始めた。


624 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 21:08:21 ID:MlCewJkM
ラ・ロシェール、『金の酒樽』亭。
ルイズたちの泊まる宿とは異なり、一見すると廃屋にしか見えないような酒場の隅に1組の男女がいた。
屋内だというのにフードを深く被っているのは『土くれ』のフーケ。レコン・キスタにスカウトされながら、その実オールド・オスマンに情報を流す約束をした妙齢の美女である。
そして彼女の正面には体格の良い男が座っていた。つまらなさそうに白身魚と芋の揚げ物を摘まみながらフーケは思う。
「いい加減その仮面とりなさいよ」
思うだけのつもりが何故かそのまま口に出ていた。
男はあっさりと無視しているが、いくらこの酒場が傭兵だの後ろ暗い者だのが集まる場末とはいえ、こんな仮面姿のままでは悪目立ちし過ぎるのだ。
只でさえ若い女性という事で自分に大変よろしくない視線が集まりがちだというのに、こいつは一体何を考えているのか。
そう、仮面の事はさておくとしても、フーケはこの男が何を考えているか気になって仕方がなかった。
「あの傭兵達はあっさり捕まってたけど、これからどうするつもりだい?」
「明日、再度襲撃を掛ける。それまでに人員の補充をしておけ」
そう言って男は懐から金貨の入った袋を出す。しかしフーケはそれを眺めるだけで受け取ろうとはしなかった。
「どうした」
「敢えて言わせて貰うけど、あいつらを狙うのはやめときな。命が幾つあっても足らないよ」
男は仮面の奥の双眸を光らせ、呟く。
「怖気づいたか」
「スクエアメイジの連隊に素手で立ち向かうのを、勇気があるとは言わないだろ?」
眼光に怯む様子も無いフーケに対し、男は更に札を切る。
「誰のお陰で死罪を免れたと思っている」
別に頼んじゃいないし、アンタが来なくてもあのジジイがフォローしてたんだがねとは言わず、フーケは肩をすくめた。あんまりゴネて相手を怒らせても益はない。
「忠告はしたよ」
金を懐に収めながら考えるのはこれからどうするかだ。
傭兵はそれなりに集まるだろう。腕を考えなければという条件付きだが、そこまで面倒をみるつもりはない。
目下のところ一番の問題は、襲撃相手が自分の存在を学院長から聞かされているかどうかなのだ。
正直あの谷間での戦闘を遠くから見た時には、その場で引き返して故郷に戻ろうと思ったものである。
最初のレコン・キスタとしての活動がよりにもよって、フーケがこんな慣れない二重密偵などをしなくてはならなくなった一因を襲えという内容だったのだから無理もない。
意趣返しの機会と考える余裕は彼女の中に存在しなかった。というかあんなもんをまともに相手しようなどとはとてもとても思えなかった。
この分だと明日は自分も襲撃に加わらなければならないのだろうが、下手にちょっかいなどかけたらどうなるか知れたものではない。
あちらにフーケの事情が知られていなければ全力で攻撃してくるだろうし、知られていた場合も変に手加減されてこちらが密偵だという事がバレても困る。
更にこちらは白仮面の見張りがいる以上、手を緩める訳にもいかないのだ。
(今晩中に逃げるかコイツを何とかするかしたほうがいいかもねー……)
最近どうも後ろ向きになりがちなフーケであった。


626 名前:虚無と獣王 ◆8/Q4k6Af/I [sage] 投稿日:2009/07/30(木) 21:10:27 ID:MlCewJkM
『女神の杵』亭の酒場では、ワルドとルイズたちの話が弾んでいた。
先生の話、寮生活の話、勉強の話など話題は尽きない。
優等生だという印象のワルドはやはり優等生だったようだが、周りのばか騒ぎに巻き込まれる回数が半端ではない様で、ルイズは親しみを覚えた。
もっとも、学院の制服の件に関しての話題ではいささか事情が異なったが。
あの制服は誰が考えたんだろうとの問いに、「あれはオールド・オスマンが考案したんだよ」とワルドが即答し、ギーシュがさらに喰いついたのである。
「そうでしたか! いや、只者ではないと思っていましたが流石ですね学院長は! あのスカート丈を考えだしたというだけで彼は歴史に名を残しましたよ!」
「ああ、全くだ。だが特記すべきはスカート丈についてだけではなく、ニーソックスの類を規則違反としなかった点にある」
「ええ、僕は常々あのニーソックスとスカートの間の生足空間には絶対的な視線注目魔法が掛かっていると思っているんですがどうですか」
「いいところに気が付くね君は。それはとても重要な事だ。そう、ニーソがない方が露出が高いにも拘らず逆説的に隠す事でかえって注目を集めてしまうというこの不思議!」
2人は立ち上がり、固く握手を交わした。周囲にいた男性客やウェイターたちも無言で、しかし笑みを浮かべて親指を立てている。
ルイズたち女性客はドン引きだったが。
それはともかく、今日は早めに休もうという事で一行は割り当てられた部屋に向かった。
当初は1人部屋と2人部屋を予約し、ルイズに大事な話があると言って一緒の部屋へ行く算段を立てていた某子爵である。
しかし同級生2名が乱入したのと、2人部屋と3人部屋しか開いていなかったので諦めざるを得なかった。

疲れがあったのか、ギーシュはベッドに横になった途端に睡魔に襲われ夢の国へと旅立って行った。
ワルドはその様子を確認すると、音を立てずにバルコニーへと出た。
既に町の明かりは消え、空には双月が寄り添っている。夜風に当たりながら耳をすまし隣の部屋の様子を探るが、ただ寝息が聞こえるばかりであった。
ワルドは酒場での会話を思い出し、自嘲気味の笑みを漏らす。
「これでは道化だな、まるで」
「それが素ではないのかい、子爵」
突然耳元でそんな声がした。ワルドが慌てる風も無くゆっくりと周囲を見渡すと、『女神の杵』亭の向かいにある建物の間の路地に1人の男がいる。
どうやら風魔法を使ってこちらに声を届かせている様だ。
「どういう意味だい?」
「仲間たちと馬鹿を言い合い、自分たちの未来は明るいものだと信じて疑わない。そんな昔を思い出したのだろう? だから自らを道化と笑う」
仮面をつけた怪しげな男のもの言いに、ワルドは腹を立てる事もなく反論する。
「最初はあの傭兵達を蹴散らしてルイズに信頼感を植え付ける予定だったのが、思わぬ邪魔が入ってしまってね。仕方ないから別の方法で信頼を得ようとしただけさ」
「それでミニスカかい?」
「それでミニスカさ。これでも女湯覗き見用トンネルの話は自重したんだぞ」
胸を張るワルドに、白仮面は(ああ、まだ酔っているのか)と思った。
「ともかく、そろそろ情報の統合をしておきたいのだがね、子爵」
白仮面に言われ、ワルドは少し考える素振りをした。
「酒場での会話を聞いていたなら概ね判るだろう? まあゲルマニアに行く前から単独行動を取っていたから、いい頃合ではあるか」
ふわり、と男の体が浮かび上がり、次の瞬間目にも止まらぬ様な速度でバルコニーまで到達する。
「ではよろしく、子爵」
仮面を外す男に、ワルドはこう答えた。
「もちろんだとも、子爵」
ワルドの目の前に立つ、ワルドと同じ顔をした男は、風の様に姿を消して彼の体に吸い込まれていった。



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